智慧の扉

2013年10月号

慈悲を携帯しよう

アルボムッレ・スマナサーラ長老

 私たちに何か嫌なこと、腹が立つこと、我慢できないこと、納得いかないことがある時、それらはほとんど、他の生命との関係により起こるのです。たとえ雨に降られても、雪山で遭難しても、腹は立ちません。ただ生き残るため必死に頭が回転するだけ。病気に罹ってもどうってことはないです。しかしその病気が他人からうつされたものだとしたら、途端に機嫌が悪くなります。私たちの悩みのほとんどは、他の生命に関係しています。でも生命が自分に苦しみを与えるわけではないのです。生命との関係で、自分の反応によって苦しみが起こるのです。

 例えば、蚊に刺されたって大したことはないですよ。でも腹がたったり、調子が悪くなったりするのは何故でしょうか? 蚊はただ、ほんの一滴二滴の血を吸っただけ。それだけで自分の心身が燃え上がってしまう。細胞は炙られたような状態になって、健康を害する。心は暗くなって怒りから抜けられなくなる。結局、蚊に対する私のアプローチが、巨大な苦しみを作るのです。慈悲があれば、心の明るさ活発性はそのまま保たれます。怒りで心を汚すこともありません。怒りの病はすぐ感染して多くの生命を不幸にしますから、怒らないことは、他の生命を守ることでもあるのです。

 ひとが完全に孤独でいる時間は短いです。一人でいても、たいてい他人のことを考えています。心の中だけでも他人と関係を持っている。夢の中でも、自分は主役だけど他にいろんなキャラが出てきます。結局、寝ている時さえ一人ぼっちではない。もしいつも慈悲を忘れなければ、悪夢は見なくなります。夢の中でも慈悲があるから、ずっと気分がいいのです。その気分が体中に行き渡って、心と身体の健康が保たれます。だから幸福になりたければ、人は慈悲を携帯すべきです。慈悲は、肌身離さず持ち歩くべき最強の「お守り」なのです。