智慧の扉

2006年10月号

「形の文化」の落とし穴

アルボムッレ・スマナサーラ長老

マンネリ主義は怠け思考です。怠け思考でパターンだけ守って生活している人は、地獄に生きているのと同じです。人生は見事に失敗しています。

日本社会では、とにかく形を守ろうとする文化的傾向があります。しかし問題は、誰もそれで人格者になっていないということです。日本ではただ形を守ることで、「理解しないでも安全に生きる」という怠け思考の文化に陥っているのではないでしょうか?

日本文化のなかでも、本物の成功者はマンネリ主義ではありません。職人さんたちにしても、十年間同じものを作っていたとしても、ジリジリと観察能力を発揮し続けているのです。残念なことに、日本でも本当に「巧み」な本物の職人は稀です。パターンだけ守ろうとする人々は、みんな中国パワーに負けてしまうのです。

世の中ではみんな形だけ守ろうとするけれど、大いなる勘違いです。修業の過程で形を守るのはひとつの方法ですが、「免許皆伝」を受けるのはただ形を守った機械人間ではありません。師匠も「弟子がいかに自分の真似をしているか」なんて見ていないのです。

形を守るために智慧を使うならば、形にも意味があります。しかし「形を守っていればいいや」と智慧を使わないなら、「ご苦労さん、さよなら」です。仏教の世界でも、そういうことを言い出すのは教えの真髄を忘れた時、システムが死んだ時なのです。

日本には「形だけ真似る」という難しい道を選んで、マンネリ主義の奴隷になって苦しんでいる人が沢山います。生きていて全然面白くないし、いつも緊張して怯えているのです。ちょっとでも観察能力を発揮して、智慧を働かせたなら、どうやって効率的に上手く仕事ができるかと、瞬時に工夫できるはずです。無知を破って智慧を働かせたとき、人間は最高の充実感を得られるのです。それが「生きる」ということです。

何があっても無知を財産のごとく守る、という生き方は仏教からすると極端な邪見です。「無知より怖いものはない。智慧ほどの財産はない」とブッダは教えています。