施本文庫

わたしたち不満族

満たされないのはなぜ? 

アルボムッレ・スマナサーラ長老

はじめに

本書では、「満足」「充足」ということに焦点をあててみます。

多くの人びとは、なんらかの「不満感」「不服」「欠落感」「喪失感」といったものをかかえて生きていると思います。そして、それが「満たされる」可能性は、きわめて低い。

♪わたしは満足できない、がんばっても、がんばっても……できない!

と叫ぶ、若者の歌まであるくらいです。

お釈迦さまは、「苦(ドゥッカ)」についての教えのなかで、「求めるものが得られない苦しみ」を説かれました。はたしてわたしたちは、この苦しみを乗り越え、「満足感」を得ることができるのでしょうか。この得体のしれない「不満感」は、どこから生じているのでしょう。

「不満」の謎を究明し、なにがあっても失われない「満足感」を味わうために、ブッダの智慧を学びましょう。

第1章 日本人の満足と不満

1 満足

あるアンケート調査で「日本社会において、今の自分の人生に満足している人の数は過半数になる」という結果がありました。世界の人びとはだいたい不満を持って文句を言いながら生きていますが、日本人はそれほど不満を感じることもなく、落ち着いているというのです。

これはある一部の人を対象にしたアンケートですから、あまり当てにならないと思いますが、日本人は本当に今の人生に満足しているのでしょうか。もし満足しているなら、何を根拠にそう言っているのでしょうか。まずはそのあたりから話を進めていきたいと思います。

 ◇考える暇がない

率直に申しますと、日本の方々は「満足しているかしていないか」ということをあまり考えたことがないのではないかと思います。というのも、日本人はとにかく忙しくて、朝から晩までずっと働いていますから「今の人生に満足していますか」と聞かれても、そんなことを考えたことがないし、考える暇もないのです。

それで、アンケート用紙の「はい」というところに適当に〇を付けるだけで、自分自身でも本当は満足しているかどうかということはわからないのでしょう。

では、この「休む暇もなく朝から晩までがんばって働いている」という日本の状況は、幸福な現象でしょうか、それとも不幸な現象でしょうか?

朝から晩まで忙しいということは、別に悪いことではありません。なぜかといいますと、余計なことを考えずにすみますから。余計なことを考えると、こころは混乱して、いろいろなトラブルを引き起こします。暇があると、すぐに妄想して悪いことをするのです。

でも、日本の方々は四六時中忙しいものですから、余計なことを考える暇がありません。それで他人に大きな迷惑をかけることもなく、犯罪数も少なく、平和な社会が成り立っているのです。

したがって、忙しいということは悪いことでも不幸なことでもありません。誰でも、戦争社会よりは平和社会のほうがいいでしょう。

 ◇満足の裏

一般的に日本人は朝から晩までがんばっています。睡眠時間を削り、時間的にも能力的にも自分にできるギリギリのところまでがんばっています。
そのため「これが欲しい、あれが欲しい、こうなりたい、ああなりたい」という欲望や希望が、あまり湧いてこないのです。現状で精一杯なものですから「これで結構です、満足しています」と言わざるをえないのです。

「これ以上はどうにもならない」とあきらめている面もあるでしょう。

たとえば、一人の子供を持つ若い母親に「もう一人、子供をつくらないんですか?」と聞いてみるとします。
子育てに疲れている母親なら「一人で十分です」と言うでしょう。その母親は、一人の子供の面倒をみるのに精一杯ですから、子供は一人で十分だと言うのです。

他方、もう一人の母親は「どんな子供でも自分で成長するものだ」と考えて、子供がすくすく成長していく様子を楽しみながら気楽に子育てをしています。こころに余裕がありますから「もう一人欲しい。もう一人いればもっと楽しいだろう」と考えるのです。
一見、この母親は明るくて元気に見えるかもしれません。でも、こころを分析してみますと「もう一人欲しい」ということは、つまり「一人の子供では満足していない」ということになるのです。

逆に、前の例の母親は、一人の子供で精一杯だから、「もう子供はいりません。一人で十分です」と満足しています。

ここで「満足」の裏に隠れているものがおわかりになると思います。「満足すること」の裏には、「忙しい」とか「精一杯」という、こころが働いているのです。

 ◇自分以外のことには興味がない

それからもう一つ、日本人の特徴として、社会や世間のことに対してあまり興味がないということがあります。
何か事が起こったとき、一時的には「この国はどうなるのか、なんとかしなくては」と大騒ぎしますが、二、三日もすれば興味はなくなり、忘れてしまうのです。
自分のことで忙しくて、ほかのことにはあまり興味がないようです。

 ◇日常生活で精一杯

先のアンケート調査の「日本人の過半数が今の人生に満足している」という結果を分析しますと、結局は「忙しくて余計なことを考える暇がない」ということになります。
ですから「満足していますか」と聞かれれば、「満足している」と答えるしかありません。忙しすぎて、不満を生じさせる希望や期待も出てこないのです。

たとえばサラリーマンの方々は、会社に入って五年や十年もすれば、次々に仕事を任されて、ものすごく忙しくなるでしょう。それで、時間も体力も能力もぎりぎり精一杯の状態になるのです。
たとえ昇進の話が持ちあがっても「課長になるなんてとんでもない。自分は今の仕事で精一杯。これ以上はやれません。今のままでいい」となるのです。

このようにして、今の状態に満足しているのです。

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わたしたち不満族
満たされないのはなぜ? 
著者:アルボムッレ・スマナサーラ長老
初版発行日:2006年9月23日