協会からのお知らせ

2026年1月1日

新年ご挨拶|2026年(令和8年)謹賀新年

生きとし生けるものが幸せでありますように

Namo Tassa Bhagavato Arahato Sammā Sambuddhassa.
阿羅漢であり、正自覚者であり、福運に満ちた世尊に、私は敬礼(きょうらい)し奉る

あけまして おめでとうございます
本年もよろしくお願いいたします

唯一確かな現実
命を賛嘆したり、褒め称えたりしている場合ではありません。計り知れない価値のあるものだと勘違いして、儚い命に執着している場合ではないのです。誕生が起きてから、どんな瞬間であれ、人は死んでしまう可能性があります。死は確実です。ですから、今の瞬間で生きていられるということは、文字通りに「有り難い」ことなのです。

「いまの瞬間は、こころが清らかである。貪瞋痴は無い。嫉妬・怒り・悩み・苦しみは無い。いまの瞬間のこころは、慈しみで満たされている。すべての現象が無常であると観察できる能力がある」このように言える生き方であるならば、有意義に生きたことになるのです。


Animittaṃ anaññātaṃ maccānamidha jīvitaṃ
Kasirañ ca parittañ ca, tañ ca dukkhena saññutaṃ.

アニミッタン アナンニャータン マッチャーナミダ ジーヴィタン
カシラン チャ パリッタン チャ タン チャ ドゥッケーナ サンニュタン

徴(しるし)もなし。予告もなし。この世の人の命というものは、
惨 (みじ)めなもの。 儚(はかな)いもの。その上、苦しみに陥っている。

Na hi so upakkamo atthi, yena jātā na miyyare,
Jaram pi patvā maraṇaṃ, evaṃ dhammā hi pāṇino.

ナ ヒ ソー ウパッカモー アッティ イェーナ ジャーター ナ ミッヤレー
ジャラン ピ パトゥワー マラナン エーワン ダンマー ヒ パーニノー

生まれた者が死なずにすむ、その手立ては何もなし。
「老いて老いて、死に至る」。生きるものにはこのきまり(「箭経」Salla suttaṃより)


年頭のご挨拶

平素より当協会の活動に多大なご支援を賜り、誠にありがとうございます。

2025年は協会にとって激動の年でした。1月、スマナサーラ長老が体調を崩されました。2月、ゴータミー精舎に住職室が完成。4月、スマナサーラ長老の傘寿(80歳)をお祝いしました。スリランカから長老のお弟子さんが来日(7月にスワチャ師、9月にパドゥマ師)。10月、ゴータミー精舎前の菩提樹様が移転しました。

2026年もいろいろなことがあるでしょう。困難に直面したときには、スマナサーラ長老がよくおっしゃるように、「では、どうするか?」と皆で智慧を働かせて、力を合わせて、よき変化にしてまいりましょう。

当協会は、お釈迦さまの教えを広げるため、これまで以上に積極的に活動いたします。引き続きお力添えくださいますようお願い申し上げます。

皆様に仏法僧のご加護がありますように
生きとし生けるものが幸せでありますように

日本テーラワーダ仏教協会 会長 柳 順一


皆様にとって良い一年となりますように
仏法僧の祝福がありますように

生きとし生けるものが幸せでありますように