25.自ら試し、確かめる 7
悟りを開いた人たち⑤
バラモンの長老・セーラ
九十歳を超えるセーラ(Sela)という名のバラモンがいました。彼はインドではとても有名で、並大抵の人ではありませんでした。バラモンの中でも長老中の長老であり、ヴェーダの奥義をすべて修得していました。
ある日、セーラは「悟りを開いた人がいる」ということを聞き、その人にぜひともお会いしたいと思いました。しかし立場上、気軽に会うことはできないのです。セーラはバラモン人すべての中で最高の長老ですから、バラモン教の長老が仏教のお釈迦さまに会うというのは少々まずい。そこでまず弟子に、お釈迦さまがほんとうに悟っているのかどうか調べさせました。そして「悟っている」ということが分かったら、大胆にも数百人の弟子たちを連れて、お釈迦さまのもとに赴き、挨拶したのです。
ところで、バラモン教の聖典には「目覚めた人には三十二の相がある」ということが書かれており、セーラバラモンはお釈迦さまにその相があるかどうかを自ら確かめようとしました。このことを察知されたお釈迦さまは、話をしているとき、わざとご自身の真の姿 ―― 威力や智慧、偉大さ、三十二の相をセーラバラモンの目に見えるように現したのです。
セーラバラモンはお釈迦さまに三十二の相があることを確認した後、さらに、「完全なる悟りを開いた人は自分が讃嘆されるとき、自身を現すということを聞いたことがある」ということを思い出しました。そして美しい詩をうたい、「釈尊は王の中の王として、人類の帝王として、世界を統治する王になってください」と讃嘆すると、お釈迦さまは次のように応えました。
「私はすでに王である。すべての煩悩に打ち克ち、最高の勝利を得ている。知るべきものはすでに知り、やるべきことはやっている。苦しみを完全に消滅し、究極の平安を体験している。私はすでに悟っている」とご自身を現されたのです。
お釈迦さまの堂々たる言葉を聞いたセーラバラモンは弟子たちに告げました。
「君たち、眼ある釈尊の話を聞きなさい。従いたい者は従いなさい。従いたくない者は去りなさい。私は最上の智慧のある人のもとで出家します」
セーラバラモンとともに数百人の弟子たちも、その場で出家しました。
殺人鬼・アングリマーラ
アングリマーラ(Angulimâla)という凶暴な殺人鬼がいました。罪のない人を殺しては指を切り、切った指を首飾りにしていました。しかし、このような残忍凶暴なアングリマーラも、お釈迦さまに会ったとたん、人殺しをすべてやめたのです。
ある日、お釈迦さまはアングリマーラのいる森に入って行きました。お釈迦さまがゆっくり歩いて来るのを見たアングリマーラは、襲ってやろうとお釈迦さまの背後にまわり、後を追いかけました。しかし走っても走っても、ゆっくり歩いているお釈迦さまになかなか追いつくことができません。どうしたことかとアングリマーラは立ち止まり「沙門よ、止まれ!」と叫びました。お釈迦さまは「私は止まっていますよ。君が止まったらどうでしょうか」と答えました。アングリマーラはお釈迦さまの言ったことが理解できず、「立ち止まっている私に止まれと言い、歩いている沙門は止まっていると言う。いったいどういう意味なのか」と聞くと、お釈迦さまはこのように諭しました。
「アングリマーラよ、私は生きとし生けるものを害する心が止まっている。君は生きとし生けるものを害している。それゆえ私は止まっているが、君は止まっていないのである」
これを聞いたアングリマーラは、その瞬間に心が変わり、悪行をすべてやめて出家し、お釈迦さまの弟子になりました。
誰も捕まえることのできなかった凶悪残忍なアングリマーラを、お釈迦さまは武器一つ持たずに説法によって見事に改心させたのでした。
苦行者たち
無差別に人殺しをしていたアングリマーラとは正反対に、ジャイナ教の人々は徹底的に不殺生を守っていました。生水さえ飲みません。というのも、水中には無数のバクテリアが生存しており、それを飲むと殺生することになるからです。お釈迦さまは、ジャイナ教の人たちが戒律を厳守していることに関しては称賛していましたが、自分の身体を極端に痛めつけて苦行していることに関しては意味がないと示されました。そして苦行ではなく、法に基づいて正しく生きることを教えられたのです。その結果、多くのジャイナ教徒が仏教徒になりました。
地獄への道
人々の中にはちょっと変わった人もいて「地獄に落ちる道・堕落への道を教えてほしい」と言う人もいました。そういう人に対してお釈迦さまはどのように答えたのでしょうか。
お釈迦さまは、堕落への道をきちんと丁寧に教えられたのです。それでその人は堕落したと思いますか。いえ、彼は「お釈迦さまは見事だ。天国への道を教えてほしいと言えば、完璧に教えてくださるし、地獄に落ちる道を教えてほしいと言えば、完璧にその道を教えてくださる。こんな智慧のある方はほかにいない」と考え、仏教徒になったのです。
天国に生まれ変わったカエル
お釈迦さまに出会って幸福をつかんだのは人間だけではありません。神々や動物たちも心の安らぎを味わいました。
あるとき、比丘と在家信者たちがお釈迦さまの説法を聞いているところに、一匹の小さなカエルが餌を探しにやってきました。このカエル、お釈迦さまの声が耳に入った瞬間、身動きできなくなりました。というのもお釈迦さまの声にはある種の響きがあり、その声を聞くと心が落ち着くのです。カエルは説法の内容は理解できませんが、足をたたんでその場に座りこみ、じっとお釈迦さまの声に耳を傾けていました。
そこへ、ある在家信者が説法を聞くためやってきました。持っていた杖を地面にさそうとしたところ、それがちょうどカエルの身体の上。その瞬間、カエルは死んでしまいました。でも死んだ瞬間、天国に生まれ変わったのです。
天国に生まれ変わったカエルはビックリ、どうなっているのかと考察してみると、自分はちょっと前まで虫をとっていたただのカエルだったということが分かりました。でも、なぜいきなり神になったのかと考えると、それはお釈迦さまのおかげだということが分かり、お釈迦さまに礼をしようと、地上に降りて礼拝し、説法を聞いたのでした。
お釈迦さまの説法が終わったとき、神(元カエル)は聖者の最初の位である預流果に悟りました。カエルの身体では悟ることはできませんが、神になったところで悟りを開くことができたのです。
出家したかったヘビ
仏教が大好き、というヘビがいました。このヘビは動物の世界にいるのが嫌で、「サンガの世界に入りたい、出家したい」と考えて、勝手にお坊さんになったつもりになり、お寺に住みつきました。比丘たちは初めのうちはあまり気にしませんでしたが、どこに行ってもヘビが横たわっていますし、夜になると明かりがありませんから知らずにヘビを踏みつける可能性もあります。そこで追い出そうとしましたが、ヘビは出家しているつもりでいますから、なかなかお寺から出て行こうとしません。
そこで、お釈迦さまはヘビにこのように話しました。(比丘たちはヘビと会話できませんが、お釈迦さまは動物たちともコミュニケーションできるのです)。「君はヘビの世界に戻りなさい。出家して修行ができるのは人間だけです。ヘビの世界にいても悪いことをしないで生活すれば、死後、善い世界に生まれ変わります。そうすればそこで修行できるでしょう」
出家しているつもりでいたヘビは、ものすごく悲しくなって泣きました。それを見たお釈迦さまは、「いま君は心を清らかにしていますから、悲しむことはありません。必ず悟れますよ」と慰めて、ヘビの世界に帰したのです。
(次号に続きます)