智慧の扉

2019年6月号

人の意見を巧みに聞くコツ

アルボムッレ・スマナサーラ長老

 人の意見を聞くということは難しいのです。どんな相手の意見であっても、反対も賛成もせず聞いてみること。そして、なぜそのような意見になったのかと原因・因果関係をじっと考察してみること。これは皆様にたいへん役立つポイントです。意見を聞いている途中で怒りの発作を起こして、相手を攻撃しはじめないでください。どんな意見であろうと、まず耳を傾けて聞いてみるのです。人の意見に対して、「あなたは間違っている」「あなたが正しい」と決めつけるのを止めてください。「あぁ、そうですか」と落ち着いて理解するのです。理解できなければ「よくわかりませんから、もう少し説明してください」と教えてもらう。そのときも「おかしな意見だ」と決めつけることだけは止めてください。

 意見とは単なる意見(見方・主観)であって、その意見が正しいということは真理の立場からは断定できないのです。意見に対してそのような冷静な態度が取れれば、それは立派な人間であるといえます。例えば、自分が議長になって皆の意見を聞くとしましょう。議員は六十人ぐらいいる。六十人の意見を聞いて理解し、なぜそのような意見を述べるのかと因果関係まで発見するなら、それは素晴らしく優秀な議長です。
 
 いかなる意見にも長所・短所があります。必ず良い結果だけを出す意見は存在しません。皆、考えて意見を持って生きています。でも、正反対の意見がある場合、ひとつの意見を選んで実行するしかないのです。両方は同時に実行できません。世の中はそんなものです。我々は何をやってみたとしても、ある側面では発達していて、ある側面では破壊しているのです。例えば、携帯電話やスマホが現れたお陰で、私たちの生活は楽になっています。同時に別な側面では、ネット社会の弊害によって多くの人々が苦しんでいるのです。
 
 人の意見を冷静に聞いて、集めたデータ(情報)を客観的に比較して、さらに自分の意見を調整するのです。この調整作業にはキリがありません。毎日、朝昼夜と自分の意見を調整しなくてはいけません。なぜなら意見というのは、完璧ではないからです。世の中の条件・人の気持ちや理解などは、常に変化するものなのです。集めたデータから苦労して客観的な意見を出したとしても、それも決定意見にはならない。どんな意見にも賞味期限・使用期限があるのです。

 つまり、意見に執着することは成り立たないのです。この真理を心に入れておけば、人の意見を拘りなく冷静に聞くことができます。その人は、意見に執着することから生じる「自我の苦しみ」と無縁に生きられるのです。