無いのに有るという錯覚
- 監修:アルボムッレ・スマナサーラ長老
- 日本語訳:Thushantha Thilakarathne
- 協力:井上裕絵
父:○○ちゃん!
娘:はい、お父さん。
父:○○ちゃんに三宝のご加護がありますように!
娘:お父さんにも三宝のご加護がありますように!
父:久しぶりにちょっとした法話でも。ここ最近できなかったね。
娘:そうですね。
父:まぁ、いろいろ法話をしていたけどビデオ(YouTube)の公開はできなかったね。それで、○○ちゃん、今日は、もう夕方にもなって仏陀への礼拝も終わったことだし……何か(ビデオ公開用に)法話でもしようかね?!
娘:はい、いいよ~、お父さん。
父:今日は、じゃあ○○ちゃんの思うこと……題としてね、○○ちゃんの好きな何でもいいので説法してもらおうかなぁ。以前、言っていたようなことでもいいし……お父さんは題を決めずに。いいですかね?
娘:はい、お父さん、では……
(※ここで法話・説法を始める前に、仏陀の真理の法話・説法を好む神々も法話に招待するための偈を合掌しながら唱えます。)
父:サードゥ! サードゥ!
娘:では、お父さん。私も心について話そうかなぁと思っていてね……・。どのようにして「心」というのが出来上がるのか(生起するのか)について、お父さんに説法しようかなぁと。
父:あ! はい、何度か(以前も、心について)解説したよね……
娘:そうですね、お父さん。
父:それでも、もっと詳しく解説できるならいいので……では、お願いします!
娘:お父さん? お父さんは「心」というものはどういうものかって知っていますか?
父:まぁ、心というのは、その……・眼に何かが触れたときに、そこで認識が生まれて……だから眼・耳・鼻・舌・身という感覚器官にそれぞれ対象が触れて、認識が起きるということでしょう?
娘:それで、お父さん、そのあと(生まれた)心は完全に、(一切残らず)消滅するということも聞いたこともありますか?
父:ああ~? そのようにも聞いたことがあるような……・でも、じゃぁ、○○ちゃんそのことをもっと解説してくれるかな?
娘:だから、お父さん、それ(以前の話)も間違いです。なぜかと、わかりますか?
父:というのは……一切残らず完全に消滅する、のというのも間違いだということ? じゃあ、私はそれについて解説してみるから、間違ったところがあったら教えてね。
娘:はい。
父:それで、○○ちゃんが教えた通りだと、(五根のうち)感覚器官は2つ同時に機能しないということだよね。だから、眼で何かを見ているとき、他の感覚器官はオフ(停止)の状態ですね。同じように耳で何かを聴いている時にも他の感覚器官は停止状態で……・。それで、眼で見るときは心が現れるよね? だから、それの何を間違っているのかと教えて下さい。 ○○ちゃん教えた通り私は言っているけどね……。
娘:いやいや、お父さん! 今、お父さん言っている通り、それはそれで正しい! その……・私たちの眼に何かが見えるときは、他の感覚器官は機能しないでoff状態です。それは、Right!! 間違いない! お父さんが言った通り正しい! でも、お父さん、私はこう言いましたよね、「一切残らず消滅する」と。
父:はい……
娘:その(「一切残らず消滅する」と)言ったことが間違いです!
父:それは何故?
娘:私も、それについてあとから理解できた!
父:あ~! そう!
娘:間違いというのは、こういうことです。例えで言いますね。例えば、水を溜めているこの水タンクに私が入って、そこの水に「お母さん」という文字を私の指を使って書こうとします。私は「お母さん」の最初の「お」を書こうとして、指でこうやって(文字の最初の部分から)順番に書いても、最初の分はもう既にない(形として水に残らない)です。
父:というと、○○ちゃんは今その言葉を水に書こうとしているんですね?
娘:はい、「お母さん」と文字で水に書こうとしています。
父:なるほど、お母さんという言葉をね。はいどうぞ!
娘:ですから、こうやって指で(水に)書こうとした途端に、もう消えている。
父:何も水の中では書けないね? はいどうぞ……この前、水タンクに入って洗おうとしたときの出来事かなぁ(笑)
娘:そうそう。それで、お父さん、私はそして、じゃあ逆さまにでも書いてやろうと思って、下から上に試してみても(書くことは)できない……。
父:だから、どうしても書けないね、水の中では「お母さん」の「お」でさえ。○○ちゃん、それと今の話の関連は?
娘:お父さん想像してみてね。この地球上のどんなに素晴らしい、誰にも負けない肉体的パワーのある人を連れてきたとしても、誰一人としてできないでしょう?
父:そうですね。いくら肉体的なパワーがすごくても、水の中には「お母さん」と書けないね。でもね、○○ちゃん、たとえ水の中だとしても、書こうとしている動作を見ていたら、「これは、お母さんの『お』だなぁ」というのをわかるよね、形として。
娘:それは、お父さん、(形として見えるのは)無知だからです! 無知な者には「あ! あなた、『お』と書いたね」とか、「今書いたのは数字の7ですね」とか、無知である私たちには、そういう風に見えます。
父:なるほどね、○○ちゃん! だから、その水の中では何かを書こうとしたら、既に前に書こうとした部分さえそもそも成立してないんですね。でも、私たちは(無知のために)その形を見て(認識して)、そこに「こういう形のもの、ああいう形のもの」として捉えるということですね。実際はそこに何もなかったのに。それで……○○ちゃんはなんでその例えをここで? それと「心」の問題とは(どんな関係が)?
娘:そこで、お父さん、よくよく観る(観察する)と、「心」とは、そこには消滅するために生まれた心さえもないのです。
【スマナサーラ長老の解説】
これは、水の上に「ママ」と書く例です。指を動かしても、結局は何も書いてないのです。指が動く瞬間に、それが消えています。しかし、観察する誰かには、「あなたはママと書いたでしょう?」と言えます。そこで、観察者の頭に浮かんだ「ママ」という単語は、どこから現れたのでしょうか? 水の上には文字が無かったのです。指が動いたからといって、水には何の変化も起きなかったのです。「ママ」という言葉は実際に無かったのに、観察者の頭の中でその幻覚が生じたのです。要するに、「ママ」という概念は観察する人の心に起きた現象に過ぎない、ということです。何も起きてないのに、何かが起きたのだ、という幻想が現れるのです。
父:う~ん? もう一回説明して! もう一回説明して!
娘:だから、お父さん、「お母さん」という文字を水の中で書こうとして、「お」の字を書けて、見えて文字として認識しないといけないでしょう?
父:(お母さんの)「お」という字を認識するために、(水の中で)「お」という字を本当に(形として現実に)書けないといけない……・? あ~! 本当に形として、水の中では字が書けなかったということだね、○○ちゃん!
娘:それで、お父さん、「心」というのは俗にみんな(私達)が、「どこにある? 心はどこにある? 見せて!」というふうに聞いたり、質問したりするでしょう? だからその質問の前に、「これが『心』だよ!」 というふうに回答するためには、そもそもそんなものがあるのかと考えないと……・。
父:あ~~~? う~ん?
娘:だから、ふ~む。心とは、「生まれては消える」と言えるものでもなくて、そもそも消えるために生まれてさえないものです。
父:それ! ○○ちゃん!(※感激して)サードゥ! サードゥ! それは、結構深くて難しい、偉大な内容の話だね。う~ん?(理解が難しいという雰囲気で)久しぶりにこんな(難しい)説法・法話をしたけどね、皆理解してくれたら嬉しいけど。最初の法話で、心というの生起して、存在して、消滅する(uppāda,ṭhiti,bhaṅga 生・住・滅)という話をしてきたけどね。そのあと、心は生まれた所で(瞬間で)消滅するという話でしたけど、それで今は「そもそも心というのはない」と……。
娘:う~ん……消滅するために発生した心がないという意味です。
【スマナサーラ長老の解説】
一切現象は空性なり、という事実を子供なりに説明しています。
父:あ~! そうしたら、それは前に言った五根で心が形成されるという話にも繋がるよね。例えば、私たちはマンゴーを見て、まず言葉でマンゴーだと知って、眼で形をみて「あ! マンゴーだ」とか、鼻で匂いを嗅いでさらに、マンゴーである……みたいに、先に言っていたその話とも、今の内容は繋がるよね。
娘:そうですね。お父さんの言う通りです。
父:だから、生まれたところで消滅するという(話の延長で)、水の中に文字を書いたけれど、しかし、そこに何の形も文字もないのに、無知な私たちはそこに形があると思っている、ということですね。
娘:はい。
父:そして、真理を知る人はそれ(水の中に形で文字があるという幻覚)をちゃんとわかっているということだね。
娘:そう、そこに「お母さんの」「お」も何もないから。
父:水の中に「お」の文字も何もないというように、○○ちゃんが言うのは、何も心も発生して(現れて)ないということですか?
娘:はい、そうです!
父:(※再度感激して)サードゥ! サードゥ! 今回はちょっと偉大な話だね。
娘:とても深くて、偉大な話です!
父:そうですね、とても深いね。これを聞く皆に多くの功徳がありますように! 理解もできますように! ん~! (難しいので)この話をこれ以上続けたくならないけどね(笑) この法話は皆にとっても、とても嬉しい限りのことだと思う。いつもこうやって法話をしている内容を聞いて、皆に(預流向・預流果の)悟りへの道を開くこともできますね。
娘:お父さんは知らないかもしれないけど、私は今までしてきた法話のどれでも、誰でもちゃんとしっかりと納得して身でもって理解できたならば、その場で預流果に達します!
父:というのは、この法話をすべて聞けばということかなぁ?
娘:いや、すべてじゃなくてどれでも……一つの法話をちゃんと理解して納得すれば、その場で預流果です。
父:そうですね、○○ちゃん。とても深い難しい話ではあるけど、同じ法話を何度も何度も聞いたり、又は全部を聞いたりしてもかまわないけど、どこかで自分の能力と合ったところで気づいて悟りの道を必ず開くきっかけになる可能性はあります。私たちももっと法話を公開したいけれど、いろいろと瞑想プログラムがあったりとかで、時間も限られていることもあるけど、とにかく、何度も何度も納得いくまで聞いたり一回であきらめないで理解できるまで努力すれば、必ず悟りの道が開きます。皆できるだけ悟りの道を急いで下さい、時間はとても有限だし。それで、○○ちゃん、コロナについても何か話があったっけ?
娘:それ(コロナ)についても、法話の中で(※今回か以前のかは不明)話しています。冗談でふざけてこの法話を聞いても何も得るものはないです。法話を聞くときには、法話を自分のものにするような気持ちで、自分の心に納得させて、言い聞かせるような強い気持ちで聴いてほしい。簡単に言うと、このウィルスについてどんな薬を飲もうが、どんな治療しようが、何の対策を取ろうが、それと無関係に、かかるときはかかるのです。
父:今回のウィルスだけじゃないですね、災害も……・
娘:もちろんそうです。台風やら津波やら……・
父:精神的に成長した(人格向上した)方々が、いろいろおっしゃっていますしね。それで○○ちゃん、コロナ対策は?
娘:唯一の方法は、自分の心を綺麗にすることです!
父:以前もそれ言いましたね?
娘:はい、この大変なときに悪いことから離れて五戒を守って、真剣に心を成長させて、悟りを目指すことが災害を乗り越える方法でもあります。私の法話もできるだけ聞いて下さい。このように言えることは、私にとっても幸せです。私の唯一の願望も悟りを開くことです。
父:○○ちゃんの希望が叶えられますように。(※祝福して終了)
初出:パティパダー2021年11月号
出典:සිතන්න යමක් …වඩන්න මගක් …18
前生で仏教の真理を理解し、預流果に達してから再び人間に戻っても、覚りの智慧はそのままです。今回ご紹介する女の子は、言葉を喋れるようになってすぐ、大人にも理解できないほど難しい仏教の真理を語り始めたのです。この子は勝手に説法をし始めたので、皆びっくりしたことでしょう。お父さんが娘の弟子になって、子供の話を皆にわかりやすくするために、色々と質問します。このお父さんも立派な方だと思います。
アルボムッレ・スマナサーラ長老