智慧の扉

2019年12月号

さよなら、マイ・ストーリー

アルボムッレ・スマナサーラ長老

 私たちは生まれてから現在に至るまで、「自分の世界」を作って生きています。その自分の世界を他人は知らないのです。赤ちゃんのときから外の情報、五根(眼耳鼻舌身)に触れた情報から自分勝手なストーリーを作るのです。情報からストーリーを作るのは意識です。

 では、私たちの耳に触れる情報とは何でしょうか? 耳に触れるのは音ではなく、空気の振動なのです。実際、外の世界には空気の振動があるだけで、そこに「音」はありません。しかし、耳は空気の振動を「音」として認識します。耳がどれぐらいの感受性を持っているのか、神経や脳がどのように働くのかということによって、空気の振動がさまざまな「音」に変換されるのです。ですから、音を聞いて外の世界のことを知ったと思うことが、生命にとって最初の間違いなのです。

 空気の振動を音に変換したところから、声・音楽・雑音や騒音など、頭の中でストーリーが作られます。その声や音楽について、感情を積み重ねてマイ・ストーリー(my story)を作るのです。ある人が音についてマイ・ストーリーを作っても、他人はそれを知りません。他人にマイ・ストーリーを伝えることはできないのです。ある人がある空気の振動に触れて「これはいい音楽、サイコー」と思っても、他人がどう感じるのかは分からない。
 
 私たちは各々、自分だけのストーリーを作って生きているのです。人間のコミュニケーションとは、マイ・ストーリーを無理やり相手に伝えようとすること。相手も同じことをします。それでは上手くいくはずがありません。ですから、怒り・嫉妬・憎しみ・落ち込み・欲などあらゆる悪感情に苛まれて悩むことになります。人間関係はトラブル続きになるのです。

 すべてはマイ・ストーリーの仕業です。それぞれのマイ・ストーリーに合わせて、生き方や悩み苦しみが変わってきます。その悩み苦しみは誰が作ったのでしょうか? 答えは「自分」です。私たちがまずやるべきことは、自分のマイ・ストーリーに気づき、自覚することです。
 
 生きるとは、マイ・ストーリーを作って悩み苦しむことです。ヴィパッサナー瞑想とは、マイ・ストーリーを中止する実践です。マイ・ストーリーに依存しているので、瞑想実践を始めると不安を感じることもあり得ます。でも、心配無用です。ブッダはご自分で試したうえで、解脱の道を完璧に説かれたのです。不安になるのは、瞑想のせいではなくマイ・ストーリーのせいです。瞑想の成功者とは、マイ・ストーリーの仕組みを発見し、作ることをやめた人のことなのです。