施本文庫

ブッダが幸せを説く

人の道は祈ることより知ることにある 

アルボムッレ・スマナサーラ長老

3 幸せっていったいなんでしょう

「命」と「心」

私たちは、いつも幸せに生きたいと願っています。そして必死になって人生に必要な道具を揃えるのですが、その道具を使いこなすには「生きていることは苦しみの連続である」ということを理解しなければならない。と前章でお話してきました。この章では、「幸せに生きる」という人類の究極の願いについて考えてみましょう。

私たちがふだん何気なく使っている言葉に「命」という語があります。何気なくと言いましたが、時によってこの言葉は非常に重要に使われることもあるようです。「この世の中にあって、命ほど大切なものはない」、「一人の人間の命はこの地球よりも重い」などと言うときもあるくらいです。

しかし、何気なく使っているときにはわかったような気がしていても、「さて、命ってなんだろう」といわれると、即答することができません。人間は生きているものであって、単なる物体ではないのだという区別として、命という語が使われるという認識がまずあります。ということは、人間だけでなく、動物も植物もみんな生きているのだから、それぞれに命があることになります。これは、誰も異議のないところでしょう。生きているものを私たちは命といっているのですね。

仏教では、命という語よりどちらかというと「心」という語を使って説明する場合が多いのです。私たち人間をはじめ、すべての生きとし生けるものには、ひとつの例外もなく「心」というものがある。
ところが、この「心」というものも、またちょっと説明しにくいものなのです。「心」というものと言いましたが、ものではなく命というエネルギーを「心」というのですね。

私たちは生きている限り、毎日のように怒ったり、楽しんだり、笑ったり、悲しんだり、食べたがったり、何かをしたがったりとさまざまに感情を湧き起こしています。そういう感情の発信所は心がやっていることなのですが、その感情ひとつひとつにエネルギーがあって、そのエネルギーが出ている状態、つまり活動している状態を命というのです。
ですから、命がなくなる、命が絶えるということは「死」を意味するのですが、そのエネルギーの活動が、この世で終焉するということを表わしているのです。

人生の最大問題とは?

まあ、そういう小難しい理屈はともかくとして、この心にせよ命にせよ、私たちはこの世に生きている限り、幸福に生きていきたいという願いがあるのです。命あるものなら誰でも、幸福に生きたい、幸せになりたい、苦しむのはいやだという願望がある。そういう願いや希望があるのに人間だけはどうしたことか、おかしな言動をとるのです。

私たちはみんな等しく幸福に生きていきたいのだから、自分の人生のなかで、いったいどうしたら幸せになれるのか、どうしたら苦しまずに済むのかということを人生の最大問題として考えなければならないのに、あまりそういうことに真剣になっているとは思えないのです。

たとえば、私があちこちで講演をしていると、多くの皆さんから質問を受けることがあるのです。

「あのー、人間は死んだらどうなるのでしょう? あの世はあるのでしょうか。天国にはどうすればいけるのでしょうか?」
「霊ってあるのでしょうか。霊魂って信じていいのでしょうか」
「神さまはほんとうにいるのですか? 仏さまはいつ人間を救ってくださるのですか」
などというものはまだしも、

「地震がきたらどうしたらいいですか?」
「世界中のあちこちで戦争が起きていますが、これらの戦争は私たちにどうかかわってくるのでしょうか」
などというものまであって、千差万別です。

皆さんにお尋ねしたいのですが、このような問題は、はたして切実な問題なのでしょうか。たとえば、今幸福に暮らしている八十歳のお年寄でも、病気になって家族に迷惑をかけたくないとか、みんなから悪口を言われたくない、邪魔者扱いされたくないなどという切実な問題があるでしょうに。そういう肝心のことは質問しないのですね。
それを放っておいて、神さまがいるかとか、転生がどうのこうの、地獄に行ったらどうしようなどと、現在の皆さんに関係ない質問ばかりするのです。

ひとりの人間が、この世をどうすれば幸せに生きていくことができるか、どうしたら今の不幸な境遇から抜け出すことができるかという問題に解決の灯をともすことこそ、宗教の本当の目的であるはずです。
仏教はその目的を達成することに努力するのであって、人生に直接関係のない問題はできるだけ避けるのです。

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23

この施本のデータ

ブッダが幸せを説く
人の道は祈ることより知ることにある 
著者:アルボムッレ・スマナサーラ長老
初版発行日:2001年5月13日