ジャータカ物語

No.19(『ヴィパッサナー通信』2001年7号)

吐き出した毒の話

Visavanta jātaka(No.69) 

アルボムッレ・スマナサーラ長老

この物語は、釈尊がジェータ林におられたとき、ダンマセーナーパティ(法将)サーリプッタ長老について語られたものです。

ある日、サーリプッタ長老が食事をとられるとき、人々は(尊者に差し上げるために)(※1)沢山の「ピッタカーダニヤ(米粉で作る菓子)」(※2)を持って、精舎へやって来ました。一団の比丘たちがこれを食べ終わってからも、まだ沢山残っていました。人々は、「それでは、村へ托鉢に出掛けておられる方々の分として、取っておいて下さい」と言いました。

ちょうど、サーリプッタ長老の年少の弟子が一人、村のへ出掛けているところでした。彼の分を取っておくことにしましたが、なかなか帰って来ません。「正午が来てしまう」(※3)と、比丘たちはその菓子を長老にすすめました。長老がそれを食べ終わったとき、年少の弟子が帰って来ました。
長老が、「私たちは、君のために取っておいたお菓子を食べてしまったよ」と言いました。
すると彼が、「尊師よ、美味しい食べ物は、だれにとっても嬉しいものですね」と腹いせに言ったので、大長老はそれに動揺しました。(※4)
そして長老は、「私は今後、菓子は食べまい」と決心しました。(※5)

それ以来、サーリプッタ長老は、決して菓子を食べませんでした。長老が好物の菓子を食べないということが、やがて僧団のあいだに知れわたりました。
比丘たちは、その話をしながら講堂に一緒に坐っていました。そのとき、お釈迦さまは、「比丘たちよ、そなたたちは、いまどのような話をして一緒に坐っているのか」と尋ねられました。比丘たちが、「このような話でございます」と答えると、お釈迦さまは、「比丘たちよ、サーリプッタは、一度捨てたものは命を落とすことになろうとも、二度と再び受け取らないのです」とおっしゃって、過去のことを話されました。

その昔バーラーナシーにおいてブラフマダッタ王が国を統治していたとき、菩薩は、解毒に巧みな医者の家に生まれ、医療によって生計を立てていました。
そのとき、一人の田舎者が蛇に噛まれました。彼の親類の人たちは大急ぎで、菩薩である医者を呼んで来ました。医者は、「さて、薬をつけて毒を消しましょうか。それとも噛みついた蛇を呪文の力で呼び寄せて、噛んだところから毒を吸い出させることにしましょうか」(※6)と尋ねました。親類の人たちは、「蛇を呪文で呼んで、毒を吸い出させてください」と言いました。

医者は、蛇を呪文で呼び寄せると、「おまえが、この人を噛んだのか」と聞きました。蛇は、「そうだ、私だよ」と答えました。医者は、「おまえが噛んだところから、口で毒を吸い出しなさい」と要求しましたが、蛇は、「私は、一度吐き捨てた毒を、ふたたび吸い取ったことなど未だかつて一度もないよ。自分が吐き捨てた毒を吸い出すつもりなんかない」と拒否しました。
そこで、医者は薪を持って来させ、火をつけて言いました。「もし、おまえが自分の毒を吸い出さないなら、この火の中に放り込むぞ。」すると、蛇は、「たとえ火に入ることになっても、自分が一度吐き捨てた毒を吸い戻しはしないよ」と言って、つぎのような詩句を唱えました。

わが身を守るために毒を吐き出した
その毒をまた吸い戻すとは、
なんとおぞましい
そこまでして生きるより、
いっそ死んだほうがましだ

このように唱え、蛇は火の中に飛び込もうとしました。そこで、医者は蛇をおしとどめ、薬と呪文によって患者の毒を除いて治療し、蛇には戒めを授けて、「これからは、だれも害してはなりません」と言って、放してやりました。

お釈迦さまは、「比丘たちよ、サーリプッタは、一度捨てたものは、命を落とすことになろうとも、ふたたび受け取らないのです」とおっしゃって、この説法を取りあげ、連結をとって、過去を現在にあてはめられました。「そのときの蛇はサーリプッタであり、そして医者は実にわたくしであった」と。

スマナサーラ長老のコメント

【注釈】
(※1)智慧第一人者であったサーリプッタ尊者が、甘党であられたことは、信者さんもよく知っていました。
(※2)米の粉で作る、菓子類です。現代でいうならば、小麦粉で作るドーナツ、蒸しパン、クッキー、ケーキのようなものです。
(※3)出家者の戒律では、正午を過ぎてからは食事を取らないという決まりがあります。
(※4)出家した子供たちの面倒を、ほとんどサーリプッタ尊者ご自身が見られていました。病気になったら看病したり、美味しいものを頂いたら残しておいてあげたり、優しくなさっていました。子供たち(沙弥)も、甘えるのは当たり前のように期待していました。ですからこの沙弥も、何の躊躇もなくサーリプッタ尊者に嫌みを言ってしまいました。
(※5)子供のころから甘いものに慣れていた尊者にとっては、大変不便な決心でした。しかし人格者は普通の人と違って、何かをやらないと決めたならば、たとえ死んでもやらないものです。
(※6)解毒する場合は、症状によっていろいろな治療法を用います。薬を飲ませたり、薬湯に入れたり、薫蒸したり、また外科的な治療も行います。薬を使えないとき、呪文だけで解毒作業に励みます。噛んだ蛇を呼んで、毒を吸い出してもらうのも、その方法の一つです。この場合は、蛇を捕まえてくるのではなく、呪術で呼び寄せるそうです。

【教訓】
このエピソードでは、悪いことをやめるときの決心の仕方を教えています。人間は、四六時中自分の悪い習慣について、「2度とやらない」と宣言はします。2、3日経たないうちに全て忘れて元に戻ります。一向に良くなる気配は見えないのです。悪いと思われる習慣は、軽い気持ちでやめられるものではありません。心は誘惑には弱いのです。悪いことをしないと決めるならば、「死んでもやらない」と決めるべきです。たとえ、小さな良いことでも、「やり続ける」と強い意志で決心するならば、その人の人格もしっかりと磨かれていきます。