智慧の扉

2015年3月号

精神的進化の起爆剤

アルボムッレ・スマナサーラ長老

 世界は何で成り立っているのでしょうか? 「慚(ざん)と愧(ぎ)である」とブッダは答えます。この二つが、危険で凶暴な生命が生きている世界を管理しているのです。この二つが無かったら、この世界から道徳と秩序が消えて、親兄弟などの区別もなくなってしまうのです。

 人間と獣に何か違い・差があるすれば、それは慚・愧という二つです。これは、かなり気をつけて育てなければいけない戒めなのです。慚愧がないということは、幸福に「さようなら」と言っていることと同じになります。慚愧を育てれば、解脱にさえ達して、究極的に苦しみを乗り越えることができるのです。では、慚愧とはなんでしょうか?

「慚/ヒリ(hiri)」とは、恥を感じることです。世界が評価しないこと、また常識を破る悪行為に恥を感じることを言います。慚は存在欲の進化です。自分のことを大事にし、悪行為を止めるという気持ちなのです。いわゆる、プライドのことですね。

 「愧/オッタッパ(ottappa)」とは、危険から身を守る気持ちのことです。これは恐怖感の進化です。この恐怖感が知識と理性と共に働くと、悪行為をしたくない、悪行為には悪い結果があると恐れを感じることになるのです。一般的には、若者が使っている「ヤバイ」という言葉も、この愧の感情表現です。若者は何か始めるとブレーキが利かないのです。しかし、どこかでヤバイと感じたら自分でストップするのです。

 ですから、世の中を管理しているのは、法律ではなくこの慚愧という気持ちなのです。私たち個人個人が悪行為を恐いと感じているのです。それには「行為には結果が現れる」という現実を認める必要があります。いい加減・無責任に生きていてはいけないのです。慚愧があれば、悪行為を犯さずに済みます。
 
 どんな生命も、ただ生まれて、年老いて、病気になったりして、死ぬだけなのです。そこから何か進化するということはありません。自然のサイクルは、ただ法則でそうなっているのです。しかし、少しでも思考能力を使って因果関係を理解するならば、本能である存在欲と恐怖感に変化が起こります。それが慚愧です。

 慚愧によって、精神的な進化がスピーディに始まるのです。わかりやすく言うと、こころが変わるのということです。憶えておいてください。慚愧とは、精神的進化の起爆剤なのです。