パティパダー巻頭法話

毎月更新される
スマナサーラ長老の法話集

パティパダー表紙このセクションでは、協会機関紙『パティパダー』に毎号掲載されているスマナサーラ長老の巻頭法話をご紹介しています。
このサイトには本誌より遅れて掲載されますが、『パティパダー』誌上には毎月、時節に沿った書き下ろしの法話が連載されています。最新の法話に触れたい方は、ぜひ入会もご検討ください。

新着の法話

322 不放逸

見方を変えてみる

今月の巻頭偈 2. Appamādavaggo 第二章 不放逸 Appamādena maghavā Devānaṃ seṭṭhataṃ gato Appamādaṃ p […]

321 仏道は不放逸に極まる

智者は世の流れを渡る

今月の巻頭偈 2. Appamādavaggo 第二章 不放逸 Appamatto pamattesu Suttesu bahujāgaro Abalassaṃva sī […]

320 高台に登って観る

智慧とは今・現在に生きることです

今月の巻頭偈 2. Appamādavaggo 第二章 不放逸 Pamādaṃ appamādena, yadā nudati paṇḍito; Paññāpāsādam […]

巻頭法話インデックス


恥じらいの気持ちを持たず、何でもやれる人なら、高収入を得て生活することは難しくありません。短時間で汗を流さず大金を獲得する近道というならば、詐欺、人だまし、違法な風俗産業 […]

在家信徒が五人いました。この五人は戒律を守り修行をすることに励んでいました。戒律といえば、沢山あります。一人に全部守ることは難しいのです。この五人は、自分好みで一項目ずつ […]

互いに祝福や挨拶を交わす時期になりました。我々は習慣に則って新年の挨拶をします。でも、それに何か意味があるかどうかはそれほど気にしません。挨拶を交わしたところで互いに落ち […]

ホラ吹きティッサの話 お釈迦様の時代、舎衛城(Sāvatthī)でのエピソードです。舎衛城には、アナータピンディカ(Anāthapindika)居士、ヴィサーカー(Vis […]

釈尊は一切生命の偉大なる師です。神々も梵天も教えを請う「天人師( satthā devamanussānaṃ )」です。ただの師ではありません。人々を涅槃へと、幸福へと導 […]

花は香りと一緒に生まれ、皆に喜びを与えるもの。生命はその反対をしています。香りを持って生まれるわけでもないし、周りに必ず喜びと幸福を与えるという約束があるでもない。「肉体 […]

ブッダは論理的に立証しながら真理を語られました。理解も納得もしないまま、知らないものを信じることは、理性のある人間にとってよくない行為だと説かれました。もし人が信じるもの […]

ブッダの教えに基づくならば、人の疑問に答えるのはそれほど難しいことではありません。疑問に思うもの、自分で解決できないもの、悩んでいるものなどは仏教に尋ねた方がよいのです。 […]

マスコミのワイドショーなどは、この世で起こる色々な出来事の真相究明に必死です。犯罪容疑で人が逮捕されると、その人が何をやったかと、きめ細かく報道しますが、実際は拘置所で容 […]

言語は人間固有のものか? 我々は、言語を使えるのは人間だけだと思っています。言語というのは長い歴史の間、徐々に発展したものです。多数の単語とその単語の並び替え方で、言語と […]

まずエピソードからはじまります。お釈迦さまの時代、一人の比丘がいました。彼は仏法をほとんど学んだことはなかったのです。しかし、ひとつの法門だけ聞いて、覚えていました。覚え […]

三十人ぐらいの比丘たちが森の中で修行していました。もう一度法を聴いて、修行のアドバイスを受けて至らないところを改めたいと思った比丘たちは、お釈迦さまに会いに出かけました。 […]

あなたのとりえは何ですか? あなたのチャームポイントは何ですか? 何もないと返事せざるを得ないならば、とても寂しいものですね。本当に何のとりえもないと思っているならば、社 […]

出家(僧侶)には定められた生き方があります。俗世間的な生き方をしてはならないのは当然のことです。では出家に定められた生き方とは何なのでしょうか? 僧侶以外、みなその答えを […]

出家した仏弟子たちのことは比丘と言います。それはパーリ語でbhikkhuです。サンスクリット語では、bhik2uです。サンスクリット語のbhikSuという語根の意味は、施 […]

お釈迦様のことは釈迦牟尼仏陀と言います。今月は、この「牟尼」という言葉について話してみます。Muni とは、仙人、聖者という意味です。仏教はこの単語をこの意味で、解脱に達 […]

ある日、お釈迦様が舎衛城の北の門から托鉢にでかけました。北の方の川には、魚を捕って生活している漁師がいました。この人に悟りに達する能力があることを察知なさったお釈迦さまは […]

道徳・戒律の話を持ち出しただけで、世は仏教を「嫌なものだ」と感じてしまいます。逆に、「短い命だから、楽しく生きようじゃないか」と言われたならば、「待ってました、その言葉を […]

今月はテーラワーダ仏教徒がお釈迦さまの誕生と成道と般涅槃を祝う月です。要するに、世に仏教が現われたことを祝うのです。人類に初めて智慧の眼があらわれた月です。誰にも束縛され […]

生きるということは、「生きる」という言葉どおり、止まっているものではなく、機能なのです。行為です。動きです。瞬間とも、「止まる」ことはありません。生きることに限らず、この […]