パティパダー巻頭法話

No.144(2007年2月)

他人の幸・不幸が自分の悪業になったら

批判ばかりする人のこころは悪思考で満杯 Calmenss within the turbulence

アルボムッレ・スマナサーラ長老

ホラ吹きティッサの話

お釈迦様の時代、舎衛城(Sāvatthī)でのエピソードです。舎衛城には、アナータピンディカ(Anāthapindika)居士、ヴィサーカー(Visākhā)夫人といった大富豪の敬虔な仏教徒達がいて、毎日のように五百名以上の大阿羅漢達と他の比丘達にお布施を差し上げていました。

布施を受ける人々のなかに、ティッサという名の若僧がいました。このティッサは日々のお布施に、何かとケチをつけて文句をいうのが癖でした。頂いた食べ物がもし冷めていたら「冷たいではないか」と、暖かいものを頂いたならば「熱いではないか」と、文句を言う。頂いたものが少量ならば「こんなちょっとのものか」と、沢山頂いたら「この人々にものを保管する場所がないみたいだ。比丘達には、山盛りするのではなく、適量を差し上げるのは決まりだろう。沢山の食べ物が無駄になるだけじゃないか」とケチをつける。心を込めてお布施をする人々を貶すのは良くないことです。例え、僅かなものをもらったとしても、あげる人は精一杯の気持ちなのです。出家者はそれを謙虚な気持ちで頂いて、無執着のこころで食べて、修行に励まなくてはならないのです。

ティッサの行状はこれに止まりません。彼は「私の実家は大富豪で、常に四方サンガのために開けてあります。まるで高級レストランのようです」と自分の親戚を自慢して、言葉が許す限り褒めまくるのでした。そんなティッサの性格にホトホト困った他の比丘達は、彼の自慢話の真偽を確かめるため、「あなたの生まれは、家はどこか?」と尋ねて、聞き出した場所に何人かの若い僧達を派遣したのです。彼らは、その町で信者の方々から大切に接待を受けました。しかし、肝心のティッサのことを訊いても、誰も心当たりがない。「この町から出家した大富豪家の息子なんかはいませんよ。家出した門番の息子が、出家したという噂はありますが……」と。実際、彼の親戚自慢はただのホラ話でした。大富豪どころか、ティッサはその町の門番の息子で、地方をまわって建築仕事をする大工衆にくっついて「家出」し、やがて流れついた舎衛城で「出家」したというのが本当の話だったのです。

「ティッサはホラを吹いていた」という話は、舎衛城の比丘達の間にさーっと広まってしまいました。彼が本当に金持ちの息子であったなら、「性格の悪い、わがままな坊ちゃんだなぁ」と思えばいくらか我慢できたはず。しかし、ウソをついていたとあらば、この若僧を叱って戒めなくてはならないと比丘達は考えたのです。結果として、ホラ吹きティッサの話はお釈迦様に報告されました。お釈迦様は、「この人のホラ吹きは、今に限ったことではない。過去世でも同じことをやっていた経験があるのですよ」と仰いました。

大富豪に婿入りしたホラ吹き奴隷

関連するジャータカ物語はKatāha jātaka; Jātakattha kathā I.451p.にありますが、エピソードのポイントだけ紹介いたします。

昔々、バーラーナシー(Bārānasī)の億万長者に息子が生れました。ちょうど同じ頃、その家にいた召使の奴隷女もお産をし、長者は二人の子供を一緒に育てました。長者は自分の息子が教育を受けるとき、召使の息子も一緒に学ぶことを認めたのです。

大人になった召使の男は、主人から蔵の管理を任されるほどになりました。彼は、自分が一生召使の奴隷身分でいることは嫌でした。そこで、地方に逃げれば、自分の身分はバレずに済むだろうと考えたのです。

地方には長者の友人がいて、バーラーナシーの長者ほどではないにせよ、やはり大富豪でした。召使の男は主人の名前を騙り、地方の長者に手紙を書き、主人のハンコを押して封印したのです。手紙の中身は、「この人は私の実子です。そなたの娘をこの子の嫁にして、そちらで住むようにしてください。これで、我らは親戚になります。私もそのうち伺います」というもの。召使の男は主人の財産とこの手紙を持って家から逃げ出しました。地方の長者は手紙を読むと、バーラーナシーの億万長者と縁戚関係になることを喜び、「これまで生きて来た甲斐があった」と思って、手紙の通りに娘と若者を結婚させました。

奴隷の身分からまんまと大富豪の婿殿にのしあがった男は、有頂天です。都会育ちを鼻にかけ、家で出される食べ物に文句を言うわ、着るものに文句を言うわ、仕来りや習慣に文句をいうわ、「田舎ものはこの程度だね。都会と比べものにならないよ」とケチをつけるわ、言いたい放題。でも、彼を都の億万長者のご子息だと勘違いしていた皆は、じっとこらえて我慢していたのです。

一方、召使の男が財産を持ち逃げしたことを知ったバーラーナシーの長者は、王様から逮捕令状をもらって、地方に捜索に出かけました。大富豪の出立とあって、ニュースは先に地方にも届きます。自分を捕まえにくることを知った男は機転を利かせ、婚家の皆に説教しました。「もうすぐ父上がお出でになられる。あなた方と違って、我々は父親を徹底的に尊敬し、敬います。決して一緒にご飯を食べようなどとは思うこともせず、召使のようにお世話をするのです。たとえ父親が便所に行くときでも、手洗い水を持って控えています。田舎者のやり方とは違いますよ」と。

そして彼は元の主人を先に出迎えに行き、召使らしくお世話をして、婚家に戻ってからも徹底的に召使の役を果たしたのです。男のでまかせを真に受けた家人たちは、男がバーラーナシーの長者の実子であることを疑いませんでした。彼を捕まえにきたはずの長者も、男のこの態度が気に入って、それまでの悪事を黙っていてやることにしたのですが……。「わが息子は家の者たちや娘さん、御両親に親切にしているかね?」地方の長者の娘に尋ねたことから、男の傍若無人な行状はバーラーナシーの長者の知るところとなったのです

一計を案じた長者は、「私は『口止め』という呪文を知っているから、それを教えてあげます。あいつがわがままを言い出したら、唱えてください。きっと黙ると思います」と言って、地方の長者の娘に偈を一つ教えました。それは、あまり意味が取れないナゾナゾの偈でした。

『地方に行っては誇大妄想の連発
追い詰められたとき、非難に陥る
水瓶よ(法螺吹きよ)、召し上がれ』
(これは意訳です。原文は意味が読み取れないように出来ています。)

バーラーナシーの長者が帰って、婿殿がまたわがままを言い出した時、妻たる地方の長者の娘は、わけも分らず教えられた偈を唱えてみました。すると、教育のある召使の男にだけ、偈の本当の意味が分ったのです。そして、「ご主人様は、私のことをこの娘さんに全部バラしているのではないか」と思って怯えたのです。それから彼は、一生黙って、おとなしく過ごしたそうです。この召使の男こそ、若僧ティッサの過去世である、というのがこのジャータカ物語のオチです。

ちなみに、インド文化では「水瓶Katāha」は「ホラを吹く」という意味にもなります。水瓶を打楽器としても使うので、「空の水瓶は音が大きい」という諺にもなっているのです。その戒めは「中身のない人の声は大きい」、または「声がでかい人の中身は空っぽ」です。言葉の脅しに、美辞麗句に人間は弱いものなのです。

ホラ吹き性格につける薬はない

長くなりましたが、若僧ティッサの話にもどりましょう。意外なことに、お釈迦さまはティッサの性格の悪さはあまり気になさらなかったのです。この世には、ホラを吹く性格の人もたまにいます。言葉が達者であるならば、皆、騙されるのです。自分には自慢できるものは何もないというコンプレックスがあるかもしれません。あるいは、他人の実績をみると、それを認めたくない気持ちに陥っている可能性もあります。とにかく、根拠のない大げさなことばでごまかすのです。嘘で塗り固めて自分の社会的な位置を築く人もいます。コメディアンでない限りは社会に対して迷惑な性格だと思いますが、これは簡単に治るクセではありません。そういう人々は、ホラを吹かないと落ち着かないのです。この二つのエピソードでわかるように、「恥をかかす、事実をばらす」しか、対処方法はないかもしれません。しかし、それに逆ギレされてしまったら、お手上げです。

布施の対象をめぐる出家・在家のすれ違い

お釈迦さまはティッサをめぐる出来事から、出家比丘達の間で起こり得る別の問題に気づかれたのです。それは、「俗世間は出家社会の中の状況を解らない」ということです。

仏教の社会では在家信者が出家を敬い、お布施をして助けます。だれにお布施をするか、どんな程度で布施をするかは、在家各々の自由です。そこでよく起こる現象は、在家が自分の気に入った出家に布施をしたり、尊敬したりすることです。だからといって、その出家がサンガの中で認められる立場にいる人とはかぎりません。自分の親戚、同郷の村、仲間から出家した人に布施をすることは、よく見られます。中身と関係がなく、表面的に美しく見える出家を尊敬するかも知れません。大体、年上の長老達に布施をしたがる傾向があります。しかし、問題はだれが年上の長老か、だれが精神的に優れているのか、だれが法を知り尽くしているのかは在家にはよくわからないことです。仏教の社会では、サンガの中身が在家信者に良く分からない状態を、そのままにしてあります。自分を宣伝すること、自分をいかなる手段ででもアピールすることは禁止です。在家がサンガ集団を平等に見上げた方が良いということになっているのです。その気持ちでいた方が、在家の布施が「サンガに対する布施」になるので、功徳は無量ということになるのです。個人に差し上げる布施の功徳と、無数のサンガに平等に差し上げる布施の功徳とは比較にならないほど違いが大きい。だから在家には、僅かなものでも布施をして無量の功徳を得るチャンスが常にあります。

しかし、これで問題なしというわけには行きません。次の例を考えてみましょう。歳が四十ぐらいの一人前の比丘のもとで、七十歳の人が出家する。出家の歳は比丘戒を受けた日から計算するので、老人の比丘は一才になります。しかし、このことを知らない在家は生れ歳が上の老人が長老だと思ってしまいます。長老に対する若僧の態度が失礼だ、と思って批判する可能性もあります。老人の比丘も在家の褒め言葉に乗せられて、自分の師匠を軽視することもあり得るのです。このケースは出家にとっても、在家にとっても良くないのです。もし生まれ歳が若い長老が嫌な気持ちに陥ったならば、自分の弟子を正しく指導できないことにもなりかねません。

出家者にも歴然と機能する業(カルマ)

出家は沈黙のままで、托鉢に出ます。日本風にお鈴をならしたり、お経文を唱えたりして、自分が托鉢に来たことを報告しては決してならないのです。そういうわけで、良いものをもらうか、質素なものをもらうかは、その比丘の過去の業に因ることになるのです。だから、信者さんからあまり美味しいものを頂けない比丘は、いつ托鉢に立っても、同じ結果になることもあり得ます。立派な長老なのに、在家からあまり相手にされない方々も現われる。現実的には不公平と思われることが沢山起こるでしょう。「あるところにはあふれるほどあるが、ないところには何もない」というのは普通の社会の状況でもあります。この差は過去の業によってつきますから、今更どうすることもできません。だからこそ、あえて、苦しんでいる人、貧しい人を助けることが功徳になるのです。

ある時、サーリプッタ尊者から指導を受けていた比丘がいました。この人は出家したその日から何のお布施も頂けなかったのです。在家の方々がたくさん集まって比丘達皆に布施をするときでさえ、この比丘の処に行くと、信者さんには鉢が満杯になっているように見えたそうです。それぐらい、過去の業による虐めは酷かった。彼には食事がないので、当然、倒れて死にかけていました。サーリプッタ尊者は、この比丘には阿羅漢になる資格があることを知って、自分で托鉢に出たのです。尊者の大徳で食事をもらうと、この比丘のところに赴き、鉢を自分が持ったままで、「どうぞ手を出して食べてください」と頼みました。やっと満足いく量を食べることができた彼は元気を取り戻し、たちまち瞑想に入って悟りをひらきました。それから、この阿羅漢のお坊さまがどうなったかという記録はありません。ここで理解してほしいのは、出家社会でも業の機能は何の障碍もなく機能していたということです。

若僧ティッサの所業を知って、お釈迦さまが気にしたのは、この「業のはたらき」なのです。布施をたくさん頂く僧侶に対して、貧乏な僧侶が嫉妬してしまう可能性もあります。そうでなくても、ものを貰えない自分に対して嫌な気分になる可能性もあります。在家の方々に対して批判的になってしまうこともあり得るのです。在家が自分の気に入った僧侶にごちそうしてあげた時、隣の比丘がそれにケチをつけてしまう可能性もある。そうなってくると、在家の方々の功徳にも影響を与えかねません。それだけではなく、その批判的な比丘が嫌な妄想で一生悩むはめになります。嫉妬、怒り、憎しみの妄想は悪業です。出家して悪業ばかり積むことになっては、悟る見込みは完全にゼロです。悟るために出家するのだから、出家の意味までなくなってしまいます。お釈迦さまはこのことを危険視なさったのです。
そこで、お釈迦さまは説法なさいました。

世間の荒波に揺らがないこと

人々は自分の信仰に基づいて布施をします。それから、自分が信頼している、尊敬している人に布施をします。(だれに、どのように、どれぐらいあげようかということは、あげる信者さんの自由です)しかし、人が布施する食べ物、飲み物などのことで落ち込んだり、嫌な気持ちになったりすると、その人には昼も夜もこころの安らぎはありません。昼であろうと夜であろうと、こころに落ち着きがなく、混乱している人にこころの統一(サマーディ)はありえないのです。(注…サマーディが出来なくてもヴィパッサナーはできるのではと思われるでしょう。それは違います。こころに落ち着きがなくなったら、修行そのものが出来ないのです。だから、ここで言うサマーディとは修行そのものなのです。)

人の布施に対して何の感情も持つことなく、良いもの、悪いものという気持ちは完全に断ち切って、無執着で、無常、不浄などを観察しながら受け取ることです。他人が受ける布施に対しても、完全に無関心でいなくてはならないのです。その比丘には昼であろうと、夜であろうと、いつでもこころの統一があるのです。「我々は何よりもこころの安らぎを大事にしなくてはいけない」というのが、ブッダの戒めです。

人は、いとも簡単に世の中のことを気にします。不幸・不公平なこと、理不尽なことに、かなり悩んでしまうものです。社会で起こる犯罪、不正行為などのことで困惑したり、よく批判したりもする。もし誰かが、そのような社会問題に無関心でいるならば、その人のことまで批判する。しかし、このような現象は世間に絶えません。過去も現在も状況は同じです。将来は良くなるという見込みもありません。

現実的に改革できる問題なら、不正を正すために挑戦するのは当たり前のことですが、自分の精神的な、悩み、怒り、落ち込みはどういたしましょうか。結局、それは自分の悪業になるでしょう。人は悪いことをする。それを知る私は実際なにもしてないのに、悪に反対なのに、不幸に陥ってしまう、地獄に堕ちるのだと言ったら、お話にならない無知な行為です。だから、なにがあろうとも、落ち着いて、穏やかな気分でいることが仏教的です。それが、ブッダにより説かれた正しい生き方です。

世の中の不幸・不公平に対して混乱に陥る人には解決策も見えません。出す答えも的はずれになって、ただ仕返しするだけになるのです。問題の火に油を注ぐことになるのです。批判すること、非難することだけでは何にもなりません。批判することも、反省することも必要な場合はしばしばあります。しかし、それだけでは理性的といえません。「答え、解決方法、何かの提案」を持っているか、批判は解決策に導くか、ということは大事なポイントです。これが理性というものです。答えがあっても、実行出来ない答えなら、単なる観念ですね。それも、有意義ではない思考だと捨てた方が良いと思います。不幸・不公平を見ても心を乱してはならないのです。世の不幸・不公平・理不尽な出来事などは自分自身の戒めにするべきなのです。ブッダの説く安らぎは、世間の荒波で壊れるものではありません。

今回のポイント

  • 法螺吹きは乱れた性格の結果です。
  • 「私は信頼できない」とその人は言っている。
  • 業の働きを理不尽だと感じても業の結果からは逃げられない。
  • 世間の荒波でこころを乱さないこと。
  • 出家は決して目的から脱線してはならない。

経典の言葉

Dhammapada Chapter XVIII MALA VAGGA
第18章 垢の章

  • Dadāti ve yathāsaddhaṃ, Yathā pasādanaṃ jano;
    Tattha yo manku bhavati, Paresaṃ pāna bhojane;
    Na so divā vā rattim vā, Samādhim adhigacchati. (Dh.249)

    Yassa c’etaṃ samucchinnaṃ, Mūla ghaccaṃ samūhataṃ;
    Sa ve divā vā rattim vā, Samādhim adhigacchati. (Dh.250)

  • 信に従い 敬により 人それぞれの布施をなす
    他の施しで我が得たる その飲食おんじきに惑いなば
    彼は日夜にじょうを得ず

    されどそれなる迷いを断じ 根絶・破壊・除去すれば
    彼の心は落着きて 日夜に於て定を得ん

  • 訳:江原通子
  • (Dhammapada 249,250)