ジャータカ物語

No.92(2007年8月号)

吉祥物語

Mahāmaṅgala jātaka(No.453) 

アルボムッレ・スマナサーラ長老

これは、シャカムニブッダがコーサラ国の祇園精舎におられた時のお話です。

ある時サーワッティの都で催しごとがあり、街はとても賑わっていました。ふと一人の男が「今日は私の吉祥日(きちじょうび)で、めでたい日だよ」と言いました。するとそれをきっかけに、「吉祥とはいったい何なのか」という議論が始まったのです。

ある人は、「何かおめでたいものを見ることこそが幸運の印、吉祥だ。朝早く起きて、真っ白な牝牛、妊娠した女性、赤い魚、瓶(かめ)一杯の油、絞りたてのミルク、新品の布地、乳粥などを目にしたならば、それこそが福というものだ。それ以上の吉祥なんかない」と言いました。

すると他の人が、「それは違う。吉祥とは、めでたい言葉を聞くことだよ。『いっぱいだ』とか、『成長した』『成長している』『食べる』『噛みごたえがある』などの言葉を耳にしたら、それこそラッキー! それよりすごい吉祥なんかないよ」と反対しました。

もう一人の人が、「まったく違うよ。吉祥とは、おめでたいものに触ることだよ。朝早く起きて、緑の草、しめった牛糞、清浄な上着、赤い魚、金銀、食べ物などに触れる。なんとすばらしい福だろう。それほどの吉祥などあるはずがない」と主張しました。

見る福、聞く福、触れて感じる福という三つの意見には、それぞれ賛同者たちがいて、自分の優位を言い張って譲りません。誰も、相手を納得させて賛成させることはできなかったのです。論争は次第に大きくなり、ついには神々にまで広がりました。ところが天界の神々も、梵天界の神々にいたるまで、「これこそは吉祥である」という決定的な答えを知る者はいませんでした。

帝釈天は「この問いこそは世尊にお訊きするべきであろう」と考えて、夜が更けてから祇園精舎を訪ね、釈尊のお答えをいただきました。それについては吉祥経という経典に詳しく述べられています。帝釈天は神々に吉祥経を伝え、数え切れないほどの神々がそれを繰り返し唱えて悟りを開いたとのことです。釈尊の言葉を伝え聞いた神々や人々の疑いは晴れ、「よく説かれた」と歓喜したのです。

比丘たちが法話堂で如来の大智をほめたたえていると、釈尊が来られて皆の話題をお尋ねになり、「私は過去にも吉祥について説き、人々の疑を晴らしたことがあった」とおっしゃって、皆に請われるままに過去の話をされました。

昔々、バーラーナシーでブラフマダッタ王が国を治めていた頃、菩薩はあるバラモンの名家に生を受け、ラッキタと名づけられました。成人し、両親の死後に出家した菩薩は、禅定と神通を会得して、五百人の弟子たちと共にヒマラヤに住んでいました。

ある時、菩薩の弟子の行者たちが、雨期のあいだ山を下りることにしました。下山した行者たちは人々から大いに歓迎され、ブラフマダッタ王の御苑に滞在することになりました。その頃、バーラーナシーで吉祥とは何かという議論が起こりました。現世物語と同様に、見る吉祥、聞く吉祥、触れる吉祥を主張する者たちがいて、互いに意見を譲りません。人々は答えを求め、菩薩の弟子である行者たちのところにやって来ました。しかし行者たちも、吉祥とは何かという疑問に答えることはできなかったのです。

行者たちは王に告げました。「王様、私どもの師、ヒマラヤの大智者ラッキタ仙人こそ、めでたきもの(吉祥)をご存じの方です」「尊者方よ、ぜひお答えを聞いて来ていただけませんか」「わかりました」。

菩薩の弟子たちはヒマラヤの師匠のところに戻り、礼拝して傍らに坐りました。菩薩が王や人々の様子をたずねたところ、弟子の中の長老が吉祥についての議論のいきさつを話し、質問を詩で唱えました。

人、めでたきもの(吉祥)を望むとき、
いかなる聖典、天啓を読誦すべきや
あるいは、いかなる行いにて、
人は、この世、かの世において、
損なわれざる祥福に守らるるや

菩薩も詩で質問にお答えになりました。

いかなる神々も、あらゆる祖神も
爬虫類より一切有情にいたるまで
互いに慈悲もち、敬愛ある
これぞ、生類におけるめでたき幸いといわれる

もし人、一切世界に優しさをもちて
男女、子弟に謙虚に振る舞い
罵(ののし)られても動じず、心静かなれば
その忍耐の心こそは、めでたき幸いといわれる
 
たとえ学あり、家系優れ、富に恵まれ、
智に輝き、ことに臨んで思慮あれど
同僚を軽んずることなきなれば
これぞ、仲間におけるめでたき幸いといわれる

友のために善人であり
あざむかざるがゆえに信を得て
裏切りのない、分かち与える友と互いに認む
これぞ、友のめでたき幸いといわれる

妻は歳同じくして、愛情細やか
従順で、道を好み、子宝に恵まれ、
教養ありて、徳高く、敬虔なる
これぞ、妻女のめでたき幸いといわれる

王は、有類の主にして、名誉あり
自ら清浄の生活を営み、大勢力あり、
民を「われと不二にして、わが友なり」となす
これぞ、王のめでたき幸いといわれる

信者は食と飲み物を供え
清き心に喜びを覚えつつ
花と香と香水を供養す
これぞ、天のめでたき幸いといわれる

諸賢、彼を聖なる法もて清め、
多聞にして持戒堅固の諸仙、彼を清む
彼は平安と寂静に住せしめらる
これぞ、修行完成者と交わるめでたき幸いといわれる

世に、これら八つの吉祥あり
これぞ智者の讃える法にて
智あるものは、この法に親しむべし
世俗の三種の吉祥には、何らの真理なきなれば

そのように、めでたきもの(吉祥)は、菩薩によって説き明かされました。弟子たちは大いに喜んでこれを学び、山から下りて人々に伝えました。ここに吉祥は世に明らかとなり、教えを聞いて喜び理解して実践した人々は、死後、天界に溢れました。菩薩は生涯ヒマラヤで暮らし、死後、弟子の行者たちと共に梵天界に生まれました。

お釈迦さまは「その時の行者たちは今の仏弟子たちであり、長老弟子はサーリプッタであり、ヒマラヤに住む師は私であった」と言われ、過去の話を終えられました。

スマナサーラ長老のコメント

この物語の教訓

松竹梅、鶴亀、茶柱、門松、正月飾り、酉の市の熊手、伊勢海老、鯛の尾頭付き、鶯の声、角樽、招き猫、ダルマ、福助、七福神などなど、一般的に人々が信じている縁起物はたくさんあります。それから個人個人でも、いろいろラッキーアイテムを決めて、それに凝っていたりします。あるいは、永寿総合病院とか、健寿協同病院とか、人や建物、組織などなどに名前を付ける場合も、縁起のいい名前を選びます。文字そのものは平凡でも、名前の画数を気にして運気のいい名前にしたりもする。

魚は水なしで生活できないように、人間も縁起担ぎなしでは生きてはいられないようです。人類が吉祥にしがみついている理由は、ラッキーアイテムが確実にその人を幸せにしてくれるからではないのです。それは単なる気分だけ。しかし確かなことは、生きることはあまりにも苦しいもので、縁起担ぎでもしないとやっていられない、ということです。将来に対して不安を持たない人はいません。わが子の行末、家族の将来、商売の繁盛などは、人間にとって尽きぬ不安の種です。

100円の豆腐一丁には、その価値があります。縁起物だと信じて高値で買う品物には、その値の価値はないのです。品物に人を幸福にする力があるという論理的な根拠はありません。それは迷信の類に入ります。神社やお寺でもらう破魔矢、熊手、ダルマ、みみずくなどが幸福を与えてくれるとすがっても、結局、幸福は築くものなのです。

仏教では、幸福は、こころのはたらき次第です。汚れていない明るいこころでする行為は、ほとんど期待どおりに成功するのです。幸福になるためのもうひとつの秘訣は、人間関係です。人間関係が円滑であれば、なにものにも優る幸福を得るのです。罪を犯さない生き方、怠けないこと、慈しみ、思いやり、理性、智慧などは、正真正銘のラッキーアイテム(縁起物)なのです。効き目は折り紙つきです。我々は、微塵も保証のない迷信的な縁起物に頼ることをやめて、永久保証付きの縁起を担いだ方がよいのです。