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一生役立つブッダの育児マニュアル

親の「どうしたら?」と子供の「どうして?」に答えを出します 

アルボムッレ・スマナサーラ長老

1 両親は最初の先生

一人前になるってどういうこと?

今回のテーマは、「ブッダの育児論」です。

最初に、人間は「人生の目的」についてちょっと誤解している、ということをお話したいのです。子供たちの成長にかかわる基本的な考え方について、私たちはまず問い直さなくてはいけないと思います。

どんな親でも、自分の子供を成長させて一人前にしたいという気持ちは同じでしょう。問題は、「成長した一人前の人間とはどういう人か?」ということです。そのイメージ自体がすごくあいまいなので、親に「あなたの子供はどういう大人、どういう人間になればいいと思うのか?」と聞いてもはっきり答えられないのです。

子供が赤ちゃんのときだけは、たいていこんなふうに言うのですね。「元気に明るく、大きくなるだけでいい」と。歩くことも喋ることもできない、何もできないときはそう言うのに、その考え方がどんどん変わっていくのです。
隣の奥さんが「○○学校は優秀だ」と言ったら、自分の子供もその学校に入れたくなる。またある人が「○○ブランドの洋服しか子供に着せません」と言ったら、自分もその店に行ってそのブランドの服を買う。またある人が「うちの子はピアノがすごく上手です。三歳のときから習い始めました」と言うと、自分の子供にもピアノを習わせようとする。そうやって周囲に影響されて、いい加減なことばかり妄想するようになるのです。

たとえば、子供に向かって「音楽家になりなさい」と言ったかと思えば、「サッカーの選手になりなさい」、今度は「画家になりなさい」、はたまた「政治家になりなさい」というふうに、親がコロコロと人生の目的を変えてしまったとしたら、それに付き合わされる子供は、まさに被害者でしょう。親は、子供という被害者の気持ちもちょっと考えたほうがいいのではないかと思います。

ですから、子育ての話を始める前に、私たちがまず「人生の目的とは何か?」「成功した人生とは何か?」ということをしっかり考えて、理解しなければならないと思います。そういう基本的なところを最初に見定めて、そこから離れないようにすれば、「私はこの道を歩めばいいのだ」と子供にもわかるのです。

「人生の目的」を入れ替える

ではこれから、「成功した人生」について、具体的な例を出しながら考えてみましょう。
一般的にこの世の中では、金持ちになれたらありがたい、有名になれればすごくありがたい、頭がいい人ならばありがたい、といった考え方があるのです。女性の場合、立派な家にお嫁に行ければありがたい、という考えも根強いですね。私たちが育児をする場合も、そういった「成功した人生」のイメージに影響されているのです。

たとえば自分の子供がオリンピックで金メダルをとったとします。楽しくてたまらないですね。金メダルをとれば、お金も入って豊かになって有名になるかもしれません。
でも、もしその子がアスリートの生き方に対応できない性格だったらどうでしょう。朝から晩までコーチに怒鳴られて、海外遠征続きで一年に一度くらいしか両親に会えない、そんなハードな生き方に対応できない性格だったら、その子はどんどん堕落してしまいます。あまりにも期待をかけられて、身体が激しく痛むのに、色々な鎮静剤や薬を飲みながら訓練したりする。挙句の果てに麻薬に手を出してしまうかも知れない。それで人生はだいなしになってしまうのですね。
そんなとき、父親や母親は子供のことを正直に喜べますか?人生が滅茶苦茶になっても、金メダルをとったことを喜べますか?それで人生は成功していると言えるのでしょうか?

あるいは、自分の息子が総理大臣になったら、ありがたいと思うでしょう。でも総理大臣になっても、一日三時間しか寝る暇がないとか、ストレスがたまって病気になるとか、脳出血で倒れて一日、二日で死んでしまうとか、そういう人生は幸福と言えますか? 

もっとわかりやすい例で言えば、自分の子供が億万長者になっても、人生が滅茶苦茶だったらどうでしょうか? 
母親が忙しくて全然家にいないとか、子供もどこにいるのかもわからないとか、家族がめったに顔を合わせられないとか、そういう人生が幸せでしょうか?

よく覚えておいてほしいのですが、仏教では、金持ちになったとか、頭が良くて偉い学者になったとか、そんなことで成功者と認めないのです。
ときどき、朝から晩まで研究室に閉じこもって子供の顔を見たことがない、という親がいるのです。家に帰ると子供がもう寝ている。子供の顔も見ないで自分の仕事ばかりやっている。それを幸せな人生といえますか?

世の中にある価値観を一度、全部捨てない限り、この問題は解決しないのです。どういうことでしょうか? 
「成功した人生」のイメージを正しく入れ替えるのです。
人間に生まれてきたのならば、まず、「ラクに、楽しく、幸福を感じながら生きること」こそが大切なのです。あくせく働いて必死に生きるだけの人生に、たいした価値などありません。研究室から二時間しか外に出られないとか、一年の中で一日しか休みがないという生き方は、人生とは言えません。

一番大事なのは、気持ちよく、楽しく、気楽に、余裕をもって、リラックスして、笑いながら、笑顔で死ぬまで生きていられることなのです。それが、仏教が人間に語っている「人生の目的」です。
生きている間は、泣かないで、悔しがらないで生きてみなさいよと。神経質に、震えながら、脅えながら、泣きながら、嫉妬して、他人を憎んで生きていて、楽しいでしょうか? 
楽しいどころか、あまりにも無知な生き方だと言わざるを得ないのです。

ですから、親として子供に言うべきなのは、「あなたが音楽家になろうが、画家になろうが、学者になろうが、科学者になろうが、政治家になろうが、サラリーマンになろうが、自由にしなさい。でも人間として豊かで心が広くて、憎しみや悩み苦しみがない落ちついた人間になりなさい。どんな仕事に就いても心に余裕をもって、しっかりと自分の責任を果たせるような人間になりなさい」ということなのです。
そう伝えることが、親の仕事なのですね。現代の親たちは、そこを忘れているのです。

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一生役立つブッダの育児マニュアル
親の「どうしたら?」と子供の「どうして?」に答えを出します 
著者:アルボムッレ・スマナサーラ長老
初版発行日:2004年8月