施本文庫

怒りの無条件降伏

中部経典「ノコギリのたとえ」を読む 

アルボムッレ・スマナサーラ長老

本当に穏和かどうか試してみると……

比丘たちよ、むかし、このサーヴァッティー市に、ヴェーデーヒカーという名の貴婦人がいました。比丘たちよ、貴婦人ヴェーデーヒカーには、このような、善き評判の声が上がっていました。すなわち、『貴婦人ヴェーデーヒカーは、おだやかである。貴婦人ヴェーデーヒカーは、つつましやかである。貴婦人ヴェーデーヒカーは、ものしずかである』と。
比丘たちよ、また、貴婦人ヴェーデーヒカーには、カーリーという名の、有能で、働き者で、仕事を上手にこなす、女性奴隷がいました。

比丘たちよ、そこで、女性奴隷カーリーは、こう思いました。

――私の女主人には、このような、善き評判の声が上がっている。すなわち、『貴婦人ヴェーデーヒカーは、おだやかである。貴婦人ヴェーデーヒカーは、つつましやかである。貴婦人ヴェーデーヒカーは、ものしずかである』と。いったい、どうなのだろう。私の女主人は、まさに、内に怒りが有りながらも、あらわにしないのだろうか。それとも、(怒りが)無いのだろうか。それとも、私が仕事を上手にこなしているので、私の女主人は、内に怒りが有りながらも、あらわにしないのだろうか。(怒りが)無いわけはないだろう。私は、女主人を試してみよう――と。

比丘たちよ、そこで、女性奴隷カーリーは、遅く起きてみました《divā uṭṭhāsi》。比丘たちよ、そこで、貴婦人ヴェーデーヒカーは、女性奴隷カーリーに、こう言いました。『これ、カーリーよ』『何でしょうか。ご主人様』『いったい、どういうことなの。遅く起きてくるとは』『ご主人様、何でもありません』『性悪の奴隷め。何もないのに遅く起きるとは』と。彼女は怒り、機嫌を悪くし、嫌な顔をしました。比丘たちよ、そこで、女性奴隷カーリーは、こう思いました。

――私の女主人は、怒りがないわけではなく、まさに、内に怒りが有りながらも、あらわにしないのだ。私が仕事を上手にこなしているので、私の女主人は、怒りがないわけではなく、内に怒りが有りながらも、あらわにしないのだ。さらに、私は、女主人を試してみよう――と。

比丘たちよ、そこで、女性奴隷カーリーは、さらに遅く起きてみました。比丘たちよ、そこで、貴婦人ヴェーデーヒカーは、女性奴隷カーリーに、こう言いました。『これ、カーリーよ』『何でしょうか。ご主人様』『いったい、どういうことなの。遅く起きてくるとは』『ご主人様、何でもありません』『性悪の奴隷め。何もないのに遅く起きるとは』と。彼女は怒り、機嫌を悪くし、不快な言葉を投げつけました。比丘たちよ、そこで、女性奴隷カーリーは、こう思いました。
――私の女主人は、怒りがないわけではなく、まさに、内に怒りが有りながらも、あらわにしないのだ。私が仕事を上手にこなしているので、私の女主人は、怒りがないわけではなく、内に怒りが有りながらも、あらわにしないのだ。さらに、私は、女主人を試してみよう――と。

比丘たちよ、そこで、女性奴隷カーリーは、さらに遅く起きてみました。比丘たちよ、そこで、貴婦人ヴェーデーヒカーは、女性奴隷カーリーに、こう言いました。『これ、カーリーよ』『何でしょうか。ご主人様』『いったい、どういうことなの。遅く起きてくるとは』『ご主人様、何でもありません』『性悪の奴隷め。何もないのに遅く起きるとは』と。彼女は怒り、機嫌を悪くし、かんぬきの棒を持って、頭を殴りました。頭が割れてしまいました。

比丘たちよ、そこで、女性奴隷カーリーは、頭を割られ、血を流しながら、周囲の者たちに喚き散らしました。『みなさん、おだやかな方のしたことを見てください。みなさん、つつましやかな方のしたことを見てください。みなさん、ものしずかな方のしたことを見てください。いったいどうして、たった一人の女奴隷に、遅く起きたと、怒り、機嫌を悪くし、かんぬきの棒を持って、頭を殴り、頭を割るのでしょうか』と。

比丘たちよ、そこで、貴婦人ヴェーデーヒカーには、後から、このような、悪しき評判の声が上がりました。すなわち、『貴婦人ヴェーデーヒカーは、おそろしい。貴婦人ヴェーデーヒカーは、つつましやかではない。貴婦人ヴェーデーヒカーは、ものしずかではない』と。

比丘たちよ、ちょうどこのように、ここに、或る比丘は、諸々の不快な言葉に遭遇しないかぎり、おだやかな中でもおだやかで、つつましやかな中でもつつましやかで、ものしずかな中でもものしずかでいるのです。比丘たちよ、しかしながら、諸々の不快な言葉が、その比丘に遭遇するとき、まさにそこでこそ、その比丘は『おだやかで、つつましやかで、ものしずかである』と、知るべきなのです。

ここでまた、おもしろいエピソードが出てきます。昔、舎衛城に、ヴェーデーヒカーという名前の、「おだやかで、ものしずかだ」とたいへん評判のいい貴婦人がいたのだそうです。そしてその貴婦人の家には、すごくがんばり屋で賢い奴隷の女の子が一人働いていました。彼女の名はカーリー。この頭のいい奴隷の女の子が、ある日こう考えたのです。
「私の女主人はかなり評判がいい。けれども、本当に心の中に怒りがない人なのだろうか、本当は怒りがあるけれど外に表さないだけなのだろうか」と。外での評判はどうであろうとも、一緒に生活しているのだから、ちょっと疑問に思ったのです。世の中の話というものは、事実というよりただの噂話です。「私は仕事を一生懸命にこなしていて、何ひとつ批判されることのないようにがんばっている。もしかすると、私がピッタシと仕事をするから、私の主人には怒る機会がないのかもしれない。これは調べなくちゃいけない」とカーリーは思うのです。

そこで、その奴隷、カーリーさんは、ちょっと朝寝坊をすることにしました。《遅く起きた》は《divā uṭṭhāsi》の訳です。直訳すると「昼に起きた」という意味になります。といっても、昼まで寝ていたということではないと思います。陽が昇る前に起きるのがインドの習慣です。6時半や7時に起きると、「朝寝坊だ」と言われるのです。ですからこの場合も、夜明け前には起きなかったというくらいの意味だと思います。

ヴェーデーヒカー婦人は、朝寝坊をしたカーリーさんに、「お前は何で遅くまで寝ているの」と訊きました。カーリーはわざと「別に何でもありませんけど」と答えたのです。するとヴェーデーヒカー婦人は怒って顔色が変わった、というのです。
そこでカーリーは「私の女主人にはやっぱり怒りがあるんだ。ただ表す機会がなかっただけだ。それは私がしっかり仕事をしているからだ。私のおかげでこの人はすごく誉められている」とわかったのです。ちょっとおもしろくなかったかもしれませんね。「ではもっとチェックしてみよう」と思うのです。

それで次の日は、もっと遅く起きたのです。この日の女主人は、顔色が変わっただけではなく、「遅くまで寝ているとはどういうことなの! お前は!」と怒鳴ったのですね。きつい怒りの言葉が出たのです。そこでカーリーは、「やっぱりご主人様には怒りがある。私のおかげで皆に誉められていただけだ。私はさらに調べてみよう」と思ったのです。彼女の仮説は当たりましたが、発表するためには、さらにはっきりした具体的な証拠が必要だったことでしょう。

そこで三日目にカーリーは、もっと遅くまで寝たのです。その日はどうなったかというと、ヴェーデーヒカー婦人は、ドアを閉めるための閂(かんぬき)、これはかなり重いのですが、その閂でカーリーの頭を殴ったのです。カーリーは殴られて、頭からすごく血が流れました。カーリーはそのままなんのことなく外に出て、自分の仲間たちのところに行きました。そして、「私の穏和な女主人のしたことを見てください!」と、激しく非難したのです。「奴隷は私一人しかいないのに、この一人の奴隷がちょっと朝寝坊しただけで激怒して、機嫌が悪くなって、閂で頭をこんなに血が出るまで殴ったんですよ。私はちょっと朝寝坊しただけですよ」と。女主人ヴェーデーヒカーの評判は、それから全く逆転です。かえって、か弱い奴隷を平気で虐待する恐ろしい人として知られてしまったのです。

このエピソードは出家の教訓になるのです。普通、出家は、良くできている人々の中でも特にできている人々のように見えます。冷静な人々の間でも、より冷静な人々のように見えます。落ち着いている人々の間でも、さらに落ち着いているように見えます。なぜならば、出家に向かって悪口を言おうとか、非難しようとか、侮辱しようとする人がほとんどいないのです。ほとんどの人々は、丁寧な言葉で、敬語で話すのです。それで、出家に怒りを表す機会、機嫌が悪くなる機会がなかなかないのです。
このような環境で年を重ねると、自分は精神的に成長しているのだ、心が清らかになっているのだ、と思い込む恐れが確実にあります。もしも、侮辱された時、非難された時でさえも心が動揺せず落ち着いているならば、その人こそ本当に落ち着いている人だと言えるのです。

そのように、「怒らない」というのは、悪い条件の中で怒らないことなのです。良い条件の中で「私は全然怒りません」と言っても、当たり前なのです。何を言われても怒らないのであれば、それが本当に「怒らない」ということなのです。

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怒りの無条件降伏
中部経典「ノコギリのたとえ」を読む 
著者:アルボムッレ・スマナサーラ長老
初版発行日:2004年6月