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一生役立つブッダの育児マニュアル

親の「どうしたら?」と子供の「どうして?」に答えを出します 

アルボムッレ・スマナサーラ長老

4 経典に説かれた人間論と子育てのポイント

一人前になるための条件――吉祥経1

仏教は子供を育てるといった育児論だけに留まらず、もっと大きな視点から見て、生まれてから死ぬまで私たちはどのように生きるべきか、どのように心を育てて幸福になるべきか、という人間論を説いています、それをまとめた経典があります。『吉祥経』(Maṅgala-sutta, Sn258-269)という大変有名な経典で、古くから仏教徒のあいだで親しまれてきました。
ここでは、その中のいくつかの教えについて、子育てのポイントをまじえて紹介したいと思います。

悪い性格の人とつき合わない

子供は周りの人から強い影響を受けて育ちます。たとえば、親が関西弁をしゃべっていると子供も関西弁をしゃべりますし、フランス語をしゃべっているとフランス語をしゃべります。また、乱暴な言葉を使っていると子供も乱暴な言葉を使うようになります。
子供は「真似の名人」なのです。なんでも真似るのですから、悪いことは真似しないように良い環境を与えることが大切なのです。たとえ自分がだらしない性格でも、子供が生まれたら、そのときからは行儀よく正しく生きる人間にならなくてはいけません。話をするときも、ご飯を食べるときも、何をするときもよく気をつけること。
それは子供のためだけでなく、自分のためにもなります。

善い人と仲良くする

子供には、良い性格の人、道徳的で智慧のある人と仲良くさせてあげてください。別に、同じ年頃の子供でなくてもいいのです。むしろ年上の方が、子供は成長するのではないかと思います。

むかしの社会は大きくて、村全体で子供を育てていましたから、子供の遊び相手はいつも同じ年頃の子供とは限りませんでした。ときどき、16才の男の子が3才の子の遊び相手になることもありました。それは互いにとって良いことで、16才という年はちょうどふざけるのが好きな年頃ですが、3才の子といっしょにいるときは、ふざけるわけにはいかないでしょう。何かあったら、親のような気持ちで「それは危険だよ」とやさしく教えたり、面倒をみてあげたりしなければならないのです。
そうすると、16才の子の性格もしっかりしてきますし、3才の子も知らないことをいろいろ覚えられますから、お互いにとって良いことなのです。

子供には年齢の差に関係なく、道徳的で、善悪をきちんと判断できる人と仲良くさせることがとても大切です。

尊敬に値する人を尊敬する

日本でときどき見られることですが、親が子供に「ごめん」と謝るのですね。実際に、私は子供が親に向かって「謝れ!」と怒鳴っているのを見たことがありますが、私から見れば、親は子供に対して謝るようなことは何もしていない。本当は子供が悪いのに、子供は「自分のわがままを聞いてくれなかった親が悪い」と腹を立てている。
最近の子供たちは、「親を敬う」という大事な道徳を忘れているのではないかと私には思えます。

数年前、家族で日本に来たスリランカ人と話していたときのことです。スリランカには、仏法僧に礼をするのと同様に、両親にも礼をするという習慣があります。この両親も自分の子供に、親に礼をする道徳を教えたいのですが、なにしろ日本にはそのような習慣がないから、なかなか教えられないと言うのです。
もし、おじいさんやおばあさんがいっしょに暮らしているなら、簡単に教えることができます。たとえば、父親と母親がおじいさんとおばあさんに礼をするでしょう。子供は《真似っこ》ですから、それを見ると子供もおじいさんとおばあさんに礼をします。そのとき、おじいさんとおばあさんが「お父さんとお母さんにも礼をしなさい」と言って教えることができるのです。
礼をするのは楽しいことですから、子供にはその習慣をすぐに身につけてしまいます。

しかし、この家族にはおじいさんやおばあさんがいませんから、そのように教えることができない。親が子供に「親に礼をしなさい」と言うのも嫌でしょう。でも仕方なく言ったらしいのです。そうすると子供はこう聞き返したそうです。「同じ人間なのに、なぜ子供は親に礼をしなくちゃいけないの?」と。それでこの両親は何も答えられなかったのだそうです。

幼少の頃から両親や先生を敬うことを学ばなければなりません。もし子供に「なぜ先生に礼をしなくちゃいけないの?」と聞かれたら、「だってお前はまだ何も知らないでしょ? これから先生がいろいろなことを教えてくれるんだよ。お前が尊敬の心をもって礼をすれば、先生も親切に教えてくれますよ」と。
それから「どうしてお父さんに礼をしなくちゃいけないの?」と聞かれたら、「だってお父さんは外で一所懸命仕事をして、私たち家族を養ってくれるんだからね。だからちゃんと礼をしなさい」などと教えることができるでしょう。

ところで、お釈迦さまはなぜ「尊敬に値する人を」という言葉を加えられたのでしょうか?それは、たとえ年齢や立場が上であっても、犯罪や悪事を働く人、だらしない人を尊敬する必要はない、ということです。
たとえば会社の上司が自分に、会社の利益のために偽りごとやごまかしなど、不正をするように命じたとしましょう。その時「目上の人だから尊敬しなければ」と考えて、命令に応じる必要はないのです。たとえ上司でも、悪事をもちかけられた時には、きっぱりと断らなければなりません。
「悪いことは断る」という性格を身につけることも、大事な道徳の一つなのです。

子供にとっても「この人は不道徳な生き方をして、社会に害を与えている。だか尊敬する必要はない」と、悪いことを悪いことだと判断できる力を身につけるのが大切です。
道徳的でなければ幸福にはなれないのですから、幼少期から、尊敬に値する人を尊敬し、その智慧を学ぶという習慣をつけてあげて下さい。

適切な環境を選ぶ

私たちは、生まれてから死ぬまで立派に、幸福に生きていることが一番大事であって、それができない環境で暮らしているなら、その場所を離れるべきです。というのも、生活環境は人に大きな影響を与えるからです。

たとえばタイ、ラオス、ミャンマーの三国が国境を接する所に黄金三角地帯と呼ばれる地域があるでしょう。そこに住む人々は、麻薬の原料となるケシを栽培して、それを売って生活しているのです。
近年、大部分の地域では、政府の規制によって麻薬の生産が激減しているようですが、政府の管轄下におかれていない一部の地域では、今でもなお生産され続けているのです。そこは大変辺鄙な所で、平地が乏しいために換金作物はつくれませんし、ちゃんとした教育システムや学校もありません。だから村の農民たちは、ケシを栽培する以外に生きる方法がない。彼らはそれで収入を得て、生活を営んでいます。
もしそういう所に、日本の誰かが「土地が安いから」といって土地を買い、家族全員で移住したら、どうなると思いますか?おそらくその地域を牛耳っている麻薬密売人に支配されて、その人の言いなりになってしまうでしょう。
「日本人ならお金を持っているだろ。もっと品質の高い、純度が高い麻薬を生産しろ。命令に従わないと殺すぞ」と脅されて、従わざるをえないことになってしまいます。

ですから「良い環境を選ぶ」ことはとても大切なのです。たとえ自分が生まれ育った場所であろうと、自分や家族にとって良いことがなければ、その場所は離れた方がいい。「生まれ故郷」とか「先祖代々伝わった土地」といった価値観にしがみつく必要はありません。
それよりも、死ぬまで道徳的で立派な人間として、幸福に生きる方が大事なのです。

子供にとっても同じことで、子供に立派な教育を与えたいと思うなら、良い学校、良い教育システムがある環境に移るべきでしょう。

徳を積んでおく

幸福に生きるためには、あらかじめ善いことをして、徳を積んでおかなければなりません。そうしないと人生は不幸になるのです。
「徳を積んでおく」ということは、「悪いことをしていない」という意味でもあります。子供の時から人に知られては困ること、恥ずかしいことは何一つやらないように気をつけてください。
そうすれば世界中のどこにいても正々堂々と胸を張って生きることができますから。

たとえば、ある人が日本で犯罪を起こして外国に逃亡したとしましょう。初めのうちは「うまく逃げられた」と、ホッとして生活できるかもしれません。でももし自分が犯罪者だとばれたら、またコソコソと身を隠して、怯えながら生活しなければならないのです。夜も安眠できません。
結局、悪事を働いたら、どこへ逃げても安心できないのです。それゆえ、悪いことは決してやらないように気をつけることが肝心です。

自己管理

自分を正しく管理できる人間になること。いわゆる感情に左右されないことです。感情を抑制できず、すぐにカッとなるような性格は危険です。それで取り返しがつかない罪を犯して、一生を棒に振ることもしばしばあります。
ですから、自己を管理できる人間になることが不可欠なのです。

勉強をして、技術を学ぶ

人間は動物と違って、勉強して技術を身につけないと生活できません。私たちは言葉を通してコミュニケーションをとっていますから、言葉の勉強をしなくてはならないし、読み書きも覚えなくてはならない。お箸の使い方、ナイフやフォークの使い方など、幼い頃からさまざまなことを学ばなくてはならないのです。
子供の時だけでなく、社会人になってからも勉強しなければなりません。会社では、年々新しい技術が開発され、システムもどんどん変わっていくでしょう。そうすると勉強をせずに怠けている人は「どうしていいかわからない、もうついていけない」と言ってどんどん後退してしまうのです。やがて若者たちに追い越され、自分の仕事や地位も危うくなってしまいます。
ですから、会社や周囲の変化に対応できるように、自分も常に新しい知識を得ていなければならないのです。それはそんなに難しいことではありません。物事をおもしろく見ていればいいのです。
明日にはまったく理解できないというほど、会社や世界が激変することはありえないでしょう。今日の延長線上に明日があるのですから、明日のことはだいたい理解できるものです。

そういうわけで、常に新しいことを知っておくように努めれば、世の中がどう変化しても、混乱せず、それに対処することができるのです。

道徳を身につける

勉強をして、技術を習うだけでは不十分です。道徳を身につけなければなりません。生きものを害さないとか、人の物を盗まないとか、嘘をつかないとか、約束を守るとか、さまざまな道徳を守ることです。
いくら勉強ができても、道徳が身についていなければ、幸福には程遠いのです。

言葉の管理

感情に任せてペチャクチャおしゃべりしてはいけません。話そうとすることが、聞く人に理解できるように内容をよく考え、言葉を管理し、明確な発音で話すことが大事です。人間関係では、言葉をちょっと間違えただけで大問題に至ることがあるでしょう。何気なく発した一言が、相手のプライドを傷つけたり辱めたり、ということはよくあるものです。ですから言葉を使うときは細心の注意を払うべきです。「口は災いのもと」という諺がありますが、そのとおり、口からあらゆるトラブルが生まれ、最悪の場合、戦争までも引き起こしかねないのです。

それから、子供は親の言うことをあまり聞きたがりませんが、なぜでしょうか? それは親が同じことを何度も何度も、40回くらい繰り返して言うからです。子供にとって、それはただの雑音で、うるさいだけ。だって1回聞けば、残りの39回はもう聞く必要がないでしょう。だから聞くのを嫌がるのです。
親はなるべく言葉数を減らして、大事なことしか言わないように気をつけてください。そうすれば、子供も親の話に耳を傾けるようになるでしょう。

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一生役立つブッダの育児マニュアル
親の「どうしたら?」と子供の「どうして?」に答えを出します 
著者:アルボムッレ・スマナサーラ長老
初版発行日:2004年8月