何が平和を壊すのか?
争いの世界を乗り越えるブッダの智慧
アルボムッレ・スマナサーラ長老
◎働き盛りの社会人は社会の決まりを尊重する
波にのって社会人として活躍しているとき、良いことだけをできれば問題ないのですが、不正的なこともついつい、やってしまう恐れがあります。誰にも分からなければ構わなという安易な気持ちで不正を働くとします。それが明るみに出た時点で、自分の今までの努力は全て水の泡になってしまうのです。ですから十五、仕事も他の社会的な行為も、法に遵って、真理にしたがって行うよう気をつける(dhamma cariyā)ことです。この場合の真理とは「正しい生き方」です。色々な人々がそれを教えています。国の法律、会社の決まりなどもこの項に入ります。宗教も同じことを教えています。ですから、自分の宗教で説かれているように生活すればよい。ブッダの教えを勉強すると正しい生き方が理性的に具体的に説かれていることがわかると思います。幸福を目指す人はその教えに従って自己管理することです。
また、忙しくなってくると人は親戚のことなどは簡単に忘れてしまいます。それも不幸の原因になる。たとえ犯罪を犯して社会から見放されても、助けになるのは親戚です。ですからブッダは十六、適当に親戚の面倒も見るべき(ñātakānañ ca saṅgaho)、と説いています。親戚の冠婚葬祭などには率先して参加した方が良いでしょう。尊敬すべき親戚を尊敬し、助けるべき親戚を助けてあげる。そうすれば、自分の個人的な社会が安定します。親戚を無視すると孤独な生き方をする羽目になるのです。
行動する人は十七、自分の行為が間違わないように、他人の迷惑にならないように、人の役に立つようにと気をつける(anavajjāni kammāni)のです。何にせよ、ただ「行なった」だけでは却って批判を受ける結果になる。自分の行為、自分の生き方が間違いにならないように、人の役に立つように、非難を受けないようにと制御します。
◎悪事ヘの誘惑に注意しよう
家庭が安定して、仕事も順調で危機感が薄れていくと、軽い気持ちで悪いことに手を出してしまう場合もあります。それも止めるべきです。
十八、微かにでも、遊びにでも罪を犯さないように気をつける(ārati viratī pāpā)ことです。たった一回の浮気でも家族の絆に穴を開けてしまう。出来心だと言っても、法律も社会も許してくれる訳ではない。そうなると自分の仕事さえなくなる恐れがあります。
また反対に、必死で頑張っているのに仕事もうまく行かない、朝早くから夜遅くまで単純な勉強ばかりでイライラする、人生はマンネリになって面白くない、などの原因で万引きしたり他の悪いことをしたりするケースもありますね。結果は同じく、これからの人生は不幸になります。如何なる理由があれ、どんな場合であれ、決して悪事をしない、罪から遠ざかると決心しておかなければ、安心できないと思います。
◎飲酒は脳細胞を餌食にする
十九、「酒を抑える(majjapānā ca saññamo)」ことです。saṃyama(saññama)は止めるという意味です。本当はやりたいが、誓って止める場合はこの言葉を使います。日本では儀式でよく祝盃をあげますし、ことあるごとに酒が必要になるようですね。しかし、それは人間が酒を飲んで楽しむための機会として作り上げた習慣です。酒がないと人づき合いなどが全く出来なくなるわけではない。しかし、このような環境の中で酒を止めるためには固い決心が必要です。
仏教はなぜ、そんなにも酒を目の敵にしているのでしょうか? 理由は簡単。「理性は人間にとって最高の宝物である(paññā narānaṃ ratanaṃ)」と言っているからです。人は理性を失うと、いかなる罪でも犯すことを遠慮しない。なぜ酒を飲んで、自分を最悪の危険な状態におくのでしょう。簡単に言えば、飲酒によって脳細胞が壊れてしまうのです。体の細胞は壊れても再生しますが、脳細胞は生まれ持ってきたものだけで一生過ごさなくてはならない(心臓さえ、壊れたら入れ替えることは可能です)。それほど大事なものを壊す行為を応援するわけにはいけないのです。みな酒が好きですが、酔っ払いを嫌うのはなぜでしょうか? なぜ、「酔っ払い大歓迎」と言わないのですか?
ストレス解消のために、疲れをなくすために酒を飲むと言われています。それも見事に外れた考え方です。実は、酒でさらにストレスが溜まるし、身体が疲れてしまうのです。仏教的に生きれば仕事をしてもストレスは溜まらないので、それほど疲れない。親を敬い、目上の人々を尊敬し、家族の面倒をちゃんとみて、自分が知識と技術をちゃんと学んで、悪いことはまるっきりしない生活を送っていると、「ああ、疲れた。きょうは仕事が嫌でたまらなかった。酒でも飲まなきゃ」ということにはなりません。毎日仕事が終わって酒に溺れる方々は、あまりにも苦労していると思います。一日中なんの楽しみもなさそうで、酒を飲める時間を楽しみにしている。一日中楽しんで生活するのはそれほど悪いことではありません。仏教はそれを勧めているのです。
◎頑固で怠けると追い出される
二十、「為すべきものに対して怠らない(appamādo ca dhammesu)」ことです。やるべきことを怠ってはいけない。後回しにしたり、怠ったりはしないこと。
人生は中年ぐらいになるとやるべき仕事も増えるのに、色々と後回しにしたくなる気持ちにもなります。しかし手早くその時その時の仕事をこなすと、気持ちはいつも明るくて、青春です。脳細胞も衰えを知らなくなる。経験豊富な先輩になると高慢になりがちで、人の話に耳を傾けようとしなくなる。「こちらの話を聞け」という態度にもなってしまいます。しかし、年下の者も自分が知らない事をかなり知っている場合も当然あります。それだけではなく、今まで自分が尊敬してきた目上の人に対して同等な態度をとる場合もあります。このようなことに反撥して「頑固ジジイ」のレッテルを貼られると、すでに社会から追い出されます。これは幸福だといえません。ですから(二十一)尊敬と、(二十二)謙虚になることが必要です。頑固になると人の話に耳を傾けないし、年下の人々には頭を下げたくない。現代の長寿社会では、一つの仕事を退職しても第二の仕事を探したほうがよいのに、それさえもできなくなるのです。
二十三、「満足を感じる(santuṭṭhī)」ことも必要です。あらゆるものにチャレンジして長い間生きていると、失敗も、不平不満も結構あるものです。それを気にすると突然不幸を感じ始める。ですから、今までの生き方に対して満足して、喜びを感じないといけない。「幸せに生きてきた」と思う人は落ち着いているでしょう。
それから二十四、「感謝」ですね。何かに感謝する意味ではなく、性格のことです。自分の人生を支えてくれた、あるとあらゆるものに対して、感謝の気持ちを育てることです。感謝をする気持ちになる人はかなりの幸せ者です。
◎脳細胞の活性化には仏法が一番
社会的な仕事も終わって、家族に対する責任も果たしてしまうと、自分がこれから何をして生きていけばよいかとわからなくなります。温泉旅行をしたり、ゲートボールをしたりするのも悪くないのですが、それだけで生活をすると、何か空しいと思いませんか。お釈迦さまは(二十五)「ブッダの教え、真理を聞きなさい」と推薦します。びっくりするほど新しい生き甲斐が見つかります。新たな角度で人生を見直してみると、今まで発見できなかった真理が見つかる。脳細胞が再び若返ると思います。人生のラストステージに、また新たな生き甲斐がみつかることは何よりも幸福なことです。それから、ブッダの教えに従って、(二十六)落ち着き・忍耐、(二十七)威張らずに人のアドバイスに耳を傾ける(sovacassatā)、(二十八)出家の方々と付き合う、(二十九)機会がある度に真理について対話をする、などを実践します。
◎真理を体験して究極の勝利を味わう
真理についてよく対話をすると、難しいことでも簡単に理解し、納得できるようになります。そこで人生をストップせず、意義あることをやってみようという気持ちになるのです。三十、ブッダの語られた誰にでも実践しやすい修行(tapo)にトライしてみる。修行をやるからには成功を収めた方がよいでしょう。だから、修行を支えてくれる(三十一)性欲から離れる(brahmacariya)ことの実践もはじめて、(三十二)聖なる真理(苦・集・滅・道)を体験します。出来れば(三十三)涅槃・究極の平安も体験してみようとします。
もしもこれにも成功できたならば、その人は完全に生きる目的に達したことになる。これ以上生き続ける必要も消える。その人の心の状態はこのように語られています。
三十四、損・得、人気・不人気、誉められる・貶される、苦・楽といった世の中の流れに遭遇しても心は全く動揺しない。(三十五)憂いなく、(三十六)清らかな心で、(三十七)安穏に生きる。
この経典で示されたどの項目であれ、実践してみると、自分も他人も幸福になることは確実です。何の争いも生まれない世界を築くことができます。しかしブッダは「一つ二つではなくすべての項目を実践しなさい、希望を高く持ちなさい」と説かれるでしょう。「これら凡ての項目を実践する人はいかなる場合でも完全な勝利者になる、いかなる状況におかれても幸福を獲得する」と結論を出して、これこそが最高な幸福―エンギ担ぎだと最後におっしゃるのです。
ブッダの真理は二種類あります。修行をしないとわからない真理もある一方で、「一般的な真理」は読めばわかります。読んだら実践してみてください。行なってみたら、その人も自分の周りもみんなが幸せになることを、憶えておいて頂きたいのです。
この施本のデータ
- 何が平和を壊すのか?
- 争いの世界を乗り越えるブッダの智慧
- 著者:アルボムッレ・スマナサーラ長老
- 初版発行日:2003年5月